人間は、ぼーっとすることはいけないことなのだろうか。少なくともそんなことはないはずです。
ぼーっとしていることが良くないことだとすると、人はずっとぼーっとしてはいけないことになります。
ぼーっとしていないということは、何かを常にやっている、少なくとも、何かを考えているということです。
何かに取り組んでいて、意識が何かにずっと集中しているということです。意識は明確になって、意識が何かに対して焦点を合わせているということです。
意識が何かに焦点が合っていないと、輪郭がぼやけ、あいまいになり、何が何だか分からない状態になります。
意識を研ぎ澄ませて、何かに意識の焦点を合わせ続けることには、エネルギーがかかります。それなりに疲れます。
意識を明確にして何かに集中することを止めると、ぼんやりしてきます。
ぼーっとするのは、そんな状態です。ぼんやりした状態です。
意識を何かに合わせているということは、筋肉に力を入れて緊張状態を維持しているようなもので、エネルギーをかけ続けるということです。
エネルギーをかけ続けることは疲れることであり、そのエネルギーを抜くと筋肉の緊張状態が緩和します。
楽になります。ぼーっとするのは、緊張状態が解かれた状態で、解放された状態で、楽な状態なのです。
周りが危険な時、警戒を解くことができません。緊張感が継続します。危険な状態は、一時たりとも安心できません。一瞬も、ぼーっとなんてできません。
ですが、安心できる状態になったら、警戒態勢を解くことができて、緊張状態から解放されます。ぼーっとできます。
何かから解放され、楽にして、安心できると、人はぼーっとできます。ぼーっとしていても問題ありません。する必要がなければ、人はぼーっとしていても問題ないのです。
ぼーっとしていない状態では、緊張状態が続いていて、エネルギーがかかり続けています。エネルギーは消費し続けています。
エネルギーは無限ではありませんから、どこかでエネルギーは尽きます。だから、どこかでエネルギーを消費し続けることを止めないといけません。
ぼーっとすることはいけないどころか、どこかでエネルギーの消費は止めないといけないわけですから、むしろ人間はどこかでぼーっとしています。
きっと寝ているとき、人はぼーっとしているわけです。
消費したエネルギーは、必ずどこかで補給しなければなりません。エネルギーは蓄積しなければなりません。
また、消費する必要がない状態では人はできるだけエネルギーは消費しないようにしないといけません。エネルギーには限りがありますから。
ですから、人間は、ぼーっとしてもいいのです。むしろ、可能な限りぼーっとしておいた方がいいどころか、ぼーっとしていないといけないくらいです。