人間は、自分の頭の中にある情報を使って、新しいことを考えることができます。
考えてみたことを言葉にしてみて、そこに何か意味を見出そうとします。これまでにも多くの考えがこの世の中には蓄積されていますから、それらを援用しながら、その上で新しい考えを乗せてみて、組み合わせて、さらに新しい考えを生み出そうとします。
人間は言葉だけを操るわけではなくて、視覚的なことを使います。
目をつぶっていても自分の中で、イメージを想像することができます。形を想像できます。それを実際にノートやホワイトボードに描きだして、図形っぽくして、分かりやすくします。
こういったことも考えることの助けになります。
イメージにすると、しばらくはこのイメージは動かないので、それをベースに考えて付け足すことができます。イメージにイメージを組み合わせることもできます。
言葉にしていく作業も、あいまいだったものを言葉として固定化する意味があります。頭の中で浮かんだ考えはいつまでも保持できるわけではないから、いったんノートなどに書き出しておくのです。
そうすれば、その考えはあいまいなままではなく、消えてなくなりもしません。だから、考えるときは、ただ頭の中で考えるだけではなく、書き出して言葉として、というか、文字として書き残しておくことが便利です。
イメージや文字として考えを表に出すと、それをベースに、さらに考えを展開することができます。考える過程においては、それが意味を成すとか成さないとか気にせず考えを広げて、実験的にためることができます。
考えに意味があるかどうか、整合性があるかどうかは、今までの自分の中に積み上がった考えが判断する基準となり、それを自分の頭で無意識に決めていく事ができます。
直観のようなものです。自分の無意識の判断は直観でいいのです。
そして、これまでにおぼろげだった、あるいは、無かった考えが、それなりのまとまった考えになります。
この考えをこれまでの情報や知見と照合しながら、ブラッシュアップすることもできます。
考えることは基本的に自由ですから、その考えを変えたり、展開させたり、180度に反転させてみたりすることもできます。とにかく、考えることとは自由自在なのです。
考えることは、人間の営みのひとつです。1日たりとも、考えない日はありません。絶えず人は考えています。
その営みに意味があるのかないのか、関係ありません。ただ、自由に考えることができるということです。