毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

自分が考えるより以前に、脳は勝手に自動予測して判断して決定している。

意識の上では、自分は色んな願望があります。実現できたらいいなと思っていることがあります。ですが、なかなかそれを自分は実行しません。

 

頭ではそう思っていても、自分はそのように動いてくれないのです。

 

自分の意思よりも以前に、自分は、あるいは自分の脳は、何かを判断しています。何かを決めています。自分の脳は自分で勝手に自動予測をして、勝手に決めています。

 

そこに意思は関係していません。

 

それはある意味正しい判断をしています。自分の頭で考えて、論理的にはこうあるべきと思っていても、それ以前に、経験から自分の脳はすでに正しい判断を下しているのです。

 

人は、自分の頭で、自分の論理で、自分の思考で、自分の言葉で考えているようで、実はそれらでは考えていないのです。

 

考えていないと言うと語弊がありますが、実際にはそれよりも以前に、自分の脳は言語以前の思考で物事を決めているのです。より適切に、より強固に判断しているのです。

 

とは言え、そのレベルでの考えを変えられないわけではありません。

 

自分の脳がどのように判断し、決めているのか。そのことに先回って気付く必要があります。

 

自分が判断してしまっていることには、よく観察していると、何らかの傾向があります。何らかの感情が関係しています。

 

そういったことをよく観察するのです。自分の判断、自分の決定を、客観的に観察してみるのです。

 

自分ではない人間に対するように観察するのです。

 

その傾向に気付けば、それに対して先手を打つことができます。

 

脳が判断しているときに感じている、例えば不安に気付くのです。その不安に気付けば、それに対してどうすれば不安が軽減できるかが分かります。

 

そして実際にその不安を少しでも軽減できると、脳の自動的な判断に修正が加わります。

 

今までだったら自然に下していた決定に変化がもたらされます。

 

自分が変わった瞬間です。自分の判断プロセスや決定プロセスのアルゴリズムが変わったのです。

 

自分のことなのに、一体自分はどのように物事を判断し、どのように物事を決定しているのか、案外分からないものです。人は自分のことがよく分かっていないのです。

 

だからよく観察するのです。自分の仕組みを知るのです。自分のアルゴリズムを知るのです。アルゴリズムを成り立たせている傾向を知るのです。

 

客観的に自分を見さえすればすぐに自分なんて分かる、そんなに簡単なものではありません。たいてい自分のことはよく分からないものです。

 

ですが、全く分からないことはありません。少しずつ知ることはできるのです。