毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

マインドフルネスが自分の世界を開く。

少なくとも、マインドフルであることは望ましいです。マインドレスの状態だと、心に余裕がなく、自分がどういう状態かもわからず、世界がどんな状況かもわからず、生きた心地がしません。

 

心が落ち着いている状態でないと、マインドフルネスの状態にはなりません。

 

マインドフルネスの状態でないということは、自分が今ここにいることも分からず、気付きもしません。ただ、何かに囚われ、振り回され、翻弄されています。

 

居心地も悪く、不快で、気分も良くありません。

 

マインドレスの状態ということは、意識は散漫で、時間も感じられず、何にも集中できません。

 

わたしたちの意識は何かに集中することで、自分の世界を押し広げられます。

 

自分にとっての世界は、マインドレスであるか、あるいは、マインドフルであるかで大きく異なります。

 

マインドレスの状態では、自分の世界はありません。何もなく、ただ慌ただしく、落ち着きなく、周りに振り回されているわけです。

 

一方、マインドフルであれば、意識は何かに集中できます。集中した先に、自分の世界があり、広がります。世界は意識によっていくらでも広がり、その意味で多彩です。

 

自分にとっての世界は、自分の意識をどこに向けるか、どのように向けるかで多彩に広がり、無限に広がります。

 

わたしたちが生きているとは、まさにマインドフルの状態のときに感じられるのであって、生きているというのはまさに今ここで感じるものであり、その状態でこそ世界はあるのです。

 

人間は世界を生きているのです。

 

目で見たもの、耳で聞こえたもの、それらも自分の捉えた世界ではありますが、それもマインドレスであれば、視界は無きに等しく、音も無きに等しいわけです。

 

マインドフルであってはじめて、目に入ってくる視界は自分の世界となり、耳から聞こえてくる音は自分の世界となるのです。

 

そこに、確かに自分の意識を向けることで世界は広がりを持つのです。

 

世界は遠くにはありません。物理的に大きいか小さいかは関係ありません。

 

いまここにあります。すぐそばにあります。世界の入り口は自分のそばにあり、自分の中にあり、自分にあります。ただ意識を研ぎ澄ませ、そこに向ければ、そこに世界があるのです。

 

マインドレスの状態では、とたんに世界は消え去ります。世界とはそのようなものであって、マインドフルの状態が世界を開くのです。

 

場所も時も関係なく、今ここにマインドフルネスとともに、世界はあるのです。