毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

豊かな世界は自分の中にある。

人間には目があって、もちろんあらゆる感覚器官があって、それらを通してこの世界と接しているわけですが、自分たち人間にとっては自分の世界は自分の中にあるわけです。

 

世界を自分というフィルターを通して見ているわけです。また、自分の中で世界を形成させ構築しているわけです。

 

自分たち人間は主観的な生き物ですから、いかに広大に自分にとっての客観的な世界がそこにあったとしても、それを感覚を通して自分の中に取り入れて、それを世界として認識しているのです。

 

その世界は主観的なものであり、独自なものです。自分だけの世界を構築しているわけです。ですから、世界はただそこに、自分の外側にあるのではなく、自分の中にあるわけです。

 

人間は、現象学的にしか世界を認識できないわけですから、ただ慌ただしくこの世界に触れたり情報を取り入れたりしても、自分の内側の世界としてきちんと取り入れて構築できなければ、外側の世界やその情報は単なる雑音になってしまいます。

 

人間は経験とともに、自分の中に世界を構築していきます。自分の中で想像する世界が明確になっていきます。自分たちの想像する世界は自分だけのものです。

 

人はその世界の中で生きています。外側に広がった世界の豊かさとは別に、自分たちはあらゆる経験、記憶、学習によって、自分の世界の中に豊かさを持っているわけです。

 

豊かさとは自分の内側の世界に育つのであって、外側の豊かさにいくら接してもそれは直接的ではなく、自分たちの豊かさがいかに育ち、耕されるか、ということが重要なのです。

 

確かにあらゆる体験は、自分の中の世界の豊かさに影響を与えます。自分というフィルターを通して、自分の中に新しい体験が組み込まれて、新たな豊かな世界が形成されます。

 

自分たちは、自分の中の世界を感じ、その豊かさを味わうことができます。

 

また、その世界について考えることもできます。その世界を再構築することができます。

 

常に自分の中の世界は、自分の思考が漂っているのであり、自分たちは自分の中で自分の思考とともに世界に関わっているのです。

 

そのようにして、自分たち人間は、自分の中に世界を形成し、構築して、想像しています。そのような世界を、自分の中に認識しています。

 

また、同時に、この世界とともに考え、関わりながら、その世界の中を生きています。世界の豊かさは単に外に広がっているものではなく、自分たちの内側にあるのであり、それがいかに耕されるか、そういうことが重要なのです。