人は、誰だって自由でありたいものです。自律的で、自由に活動していたいものです。
国同士で戦争状態になるのは嫌だし、平和であってほしいと思うものです。平和でないと、余裕が無くなって人間関係も敵対関係に陥って、不自由で、幸せから遠くなってしまいます。
経済は、現代は資本主義経済を基礎としていますが、別に資本主義であろうがなかろうが、人々が発展的で、自由を感じて、自分の思うように活動ができるなら、どのようなシステムであってもいいのです。
全体のシステムがそのようであるから、そのシステムでやっていっているわけで、大切なことは自由で、自律的であるかどうかです。
経済は人間が生きていくために重要なことであり、常に発展性があることが望ましいのです。
経済が発展的であるというのは、経済が拡大する必要があるとか、右肩上がりであることとか、そういうことではありません。
名目上、経済が成長しているように見えても、それは通貨の価値が低下して数値上発展して見えているだけに過ぎないこともあり得るわけで、大切なことはそういうことではありません。
市場が一つではなく、常に新しい市場が生まれ、新しい市場が生まれる発展の余地があり、展開性があり、循環性があることが重要であるということです。
その意味で、常に新しいことは求められているわけです。新しい市場もそうですし、新しい商品、新しい働き方、新しい活動、つまり、ありとあらゆる領域での新しさです。
常に新しさが生まれ、展開性があって、ポテンシャルがある。余地がある。そのような状況が常に保たれているということです。
そのような状況の中では、人は窮屈でなく、色んなことができて、何をしてもよくて、自由であるわけです。
支配的なのも嫌だし、隷属的なのも嫌なのです。何かひとつのことの成長や発展のために、自分自身を押し殺し、我慢し、不自由であることは嫌なのです。
そんな状態では、緊張が続き、ストレスとともに疲労状態に陥ってしまいます。息もつけず、死にそうになってしまいます。
その意味で、人間は自由であろうとすることは基本的なことだし、常に発展の余地があって、自律的に、活動的であることが望ましいのです。望ましいというか、ひとりひとりが自律的でありたいし、活動的でありたいし、自由でありたいのです。生きているという感じがします。
そのために、経済活動は、常に発展的で、循環性があって、活動の余地があることが大切なのです。