毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

物価が上がると貨幣価値が下がる。経済成長と豊かさ。

現代は、いろんな理由で貨幣価値が下がっています。

 

貨幣価値が下がっていく例として挙げられるのは、物価が上がるときに相対的に貨幣価値が下がるというものです。

 

例えば、従来(スタンダード)の車が300万円だとして、これに新機能が付与されたことによって、400万円になるという場合です。もちろん、100万円分の機能が付与されているわけで、その分の価格が上がっているわけですから、それ自体では貨幣価値は変わらないと見なせます。

 

ですが、その結果、スタンダードの車が新機能が付与された400万円の車になって従来の300万円の車は販売されなくなったら、消費者は400万円の車を買わなければなりません。

 

機能が付与されても、4輪駆動の乗り物という意味では、車は車です。

 

消費者は、車を買うのに300万円ではなく400万円支払わなくてはなりません。相対的に、貨幣価値が100万円下がったということです。

 

トマトの例でも良いかもしれません。100円で買えていたトマトが、品種改良によって200円で買えるようになっても、トマトはトマトです。トマトを買うのに、人は2倍お金を払わないといけないわけで、相対的に貨幣価値が下がったということです。もちろん、実際はトマトの品質はかつてのものとは比べ物にならないほど良品質になっているのであり、価格の上昇はおかしくはないのですが、生活者としては、トマトを買うのに100円がさらに必要であるわけです。

 

このようにして、あらゆる商品の物価が上がっていくことによって、相対的に、貨幣価値が下がっていくのです。

 

これ自体、何もおかしなことではなく、貨幣も、物価も、それらの価値や価格は相対的に表現されるものですから、物価の上昇と貨幣価値の低下は同じ意味なのです。

 

ですから、貨幣価値の低下は、経済の成長でもあるわけです。経済成長の指標であるGDPの上昇は、貨幣価値の低下でもあるのです。

 

大正時代の1000円と、令和時代の1000円の貨幣価値はどう考えても同じではありません。大正時代の1000円は大金ですが、現在1000円は大金ではありません。

 

これは貨幣価値が100年の時をかけて低下したということです。経済成長の結果とも言えます。

 

ですが、車やトマトの例にあるように、実際には、価格が上がった分だけ機能は向上しています。豊かになっているということです。

 

「豊かさ」の上昇は物価の上昇という形で表現されているのです。それで正しいのです。

 

ただ、そのことは、同時に、相対的に、貨幣価値の低下でもあるということです。