人は幸せになりたいと思うわけですが、そもそも、「幸せになる」という言い方が間違っています。幸せは「なる」ものではなく、「感じる」ものなのです。
幸せは、感情のひとつなのです。幸せかどうかは、感情で判断するものだということです。
感情は、常に揺れ動いているものであるわけですから、幸せも同じように常に揺れ動いているのです。幸せは、感じたり、感じなかったりするものなのです。
感情は動的なもので、それは感情が身体の具合や状態に基づいているからであり、体内のホルモンや神経伝達物質などの影響を常に受けているからです。
体内の状態は変わらないことはなく、あらゆる神経伝達物質は生成され、消費されているわけで、それはドーパミンもセロトニンもオキシトシンもエンドルフィンもすべてそうで、ですから、感情が同じ状態に留まることなどないわけです。
身体はまさに諸行無常の世界なのです。
幸せは感情のひとつであり、その感情が常に移り変わる身体の状態に基づいているわけですから、幸せも常に揺れ動いているに決まっているのです。
例えば、喜びは、幸せを感じさせてくれるひとつの感情です。
何か良い事があると喜びを感じますが、喜び過ぎるのも、幸せの観点からするとあまり良いとは言えません。
ドーパミンが分泌されることは人間にとって大切ですが、ドーパミンが分泌され過ぎると、その後疲労感を感じたり精神的にきつくなったりしてしまいます。
ドーパミンの分泌量は過剰ではなく、程よい量というものがあるのです。
ですから、幸せというものも、強烈に感じるものではなく、ちょっと感じればそれでいいのです。ちょっとしたこと、小さなこと、穏やかなことで幸せを感じるということが、ちょうどいいのです。
幸せというものを大袈裟に考える必要はないのです。幸せに永遠というものは無いし、この状態に達したら幸せになる、というものではないんです。
幸せは、ある時感じたり、またある時は感じなかったり、そういうものなのです。
そのようにして揺れ動くものとして幸せは捉えるのが良くて、ちょっとした喜びとか心地良さとか、そういった感情を感じることが、幸せというものなのです。
一日中、幸せを感じ続けるなんてことはないのです。幸せは常に揺れ動いています。
身体の中では、常に様々な物質が生成しては消滅を繰り返していて、同じ状態に留まることはありません。諸行無常です。
ですから、一日のうちのある瞬間、幸せは感じるものであり、ちょっとだけ、穏やかに感じるものなのです。