人間は抽象を取り扱うことができる生き物です。
人が何かと関わるということにおいても、その対象という具体的なものに直接関わることから、その対象を抽象的に把握して、間接的に関わることができるということです。
直接的な関係性から、間接的な関係性を作ることによって、自分自身の独立性を保つのです。距離を取るということです。
「抽象的で間接的」とは、まさに「記号」のことであって、人間は記号を操ることができるということです。
言葉は記号の代表例であり、人と人との関わりを、直接的なものから、間接的なものに置き換えたわけです。
それは言い変えれば、人と人の関係性に距離をおき、お互いに自分自身の独立性を維持したわけです。
自分の独立性、安全性を維持するのと同時に、人とのやり取りをスムーズにしたわけです。
人間関係は、近すぎて密過ぎた関係から、少し距離を取って自由度のある関係に移行したわけです。これによって、個々の人間の自由度は上がりました。
この世界は、記号に満ちています。記号は最初からあったわけではなく、人間が作り出したのです。人間は言葉を作り出しましたが、それが記号の原始的なものと言えるのです。
いまや、記号は世界に溢れています。どこにでも記号はあります。記号をたくさん生み出し、運用することで、この世界は自由度を拡張し、大きな世界に移行したのです。
ミクロな人間関係の世界から、マクロな人間社会の世界に移行したのです。
デジタルは記号のひとつです。デジタルが、この世界をミクロからマクロに解き放っています。
人と人の間に、デジタルが介在することによって、世界の全ての人々は大規模につながったとも言えます。
この人間社会はデジタルがつないでいるのです。インターネットは良い例です。
インターネットは、デジタルという記号を介して、人と人との関係性を構築しているのです。人と人との距離がありながら、人同士をつなぐのです。
貨幣も記号です。貨幣を介在して、人と人とが、巨大な市場を形成しているのです。貨幣という記号が、人と人との距離を保ちながら、人同士をつないでいるのです。
記号は、抽象的で、間接的な性質を持っています。人間の認知が作り出したものです。言葉は良い例です。
このようにして作り出した記号によって、人と人との距離を保つことができ、個の独立性を守る盾となっているのです。
同時に、記号は、人々をミクロな世界からマクロな世界に解き放ちます。記号によって、世界の人々を大規模な世界へと遷移させるのです。