人間は概念を操る生き物です。人間の持つ想像する能力によって、実物として実際に無いものを取り扱うわけです。
それは人間の認知する能力によるものです。色んなことを想像し、認知機能を働かせて、概念を作り出し、言葉を作り出し、意味を作り出すわけです。
言葉を使い、思考を働かせて、論理を作り出すこともできます。
言葉は言語であり、記号の基礎であり、論理の基礎でもあるわけです。
一方で、記号や論理から、人間は数字やデジタルやデータも作り出しました。情報も、同様に作り出しました。
これらは、人間の手元から離れて、巨大なシステム、巨大な世界を作り出しました。
人は人とコミュニケーションを取りますが、コミュニケーションをとることができる人数には限りがあります。この世界は、はるかにコミュニケーションをとれる人数を超えています。
人々の間で作り出される世界は、もはや人間たちだけで作り出すには限界を超えているわけです。
言葉や概念や記号を超えて、今や情報やデータから作られる世界は、人によって構成される世界をはるかに凌駕しています。
メディアはインターネットとともに、世界をリストラクチャー(=再構築)しています。
直接的な関係性から成る人間の世界が、情報やデータやメディアなどによって再構成されて、間接的で巨大な世界を作り出したわけです。
数十億人の人々の間で、分散したネットワークの世界を作り出したわけです。
このネットワーク化した世界では、あまりに巨大である為に、この再構成による間接的な世界でしか生きていくことが出来ません。
ですが、そのシステムを上手く理解できれば、極めて効率的にやっていく事ができます。むしろ、そのシステムを介することよってより容易にやっていくことができるわけです。
マネーや市場は、この世界を形作る良い例であり、市場を媒介にして世界を対峙する方が、間接的でありながらも、世界の人々とともに、この世界で営んでいく事が出来るわけです。
メディアや情報を媒介することで、同様に、世界の人とコミュニケーションを可能にし、世界を共有して生きていく事が出来るわけです。
デジタルなデータは、それを可能にしています。
直接的なローカルの世界は、間接的でグローバルな世界に再構成され、変換され、移行することで機能しているわけです。
確かにこの世界は、人間から離れた、ある意味人工的な、というより人工的なものを超えた、巨大な世界です。巨大なネットワーク構造です。ですが、間接的でありながらも、世界の人々とやっていくことを可能にする新しいシステムであるわけです。