毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

インターネット上に現れ始めたAIから成る超知性体。

インターネットとAIの相性がいいのは、それらのベースがデジタルでありデータだからです。当たり前のことではあります。

 

通信が力を持っているのは、データをやり取りする媒体であり、インターネットでは欠かせないインフラです。データの移動性や拡散性は、インターネットの重要な点であり、人はこれによって、たとえ物理的ではなくても、グローバルにつながったということです。

 

AIのベースはデジタルデータですから、グローバルなネットワークを飛び回ることができます。AIが人格を持っているならば、いわば攻殻機動隊における電脳の世界にダイブする草薙素子のようなものです。

 

人は物理的にはAIのようにインターネット上をグローバルには動けません。生身の身体がありますから。

 

一方、AIは自由自在に動き回ることができます。

 

ですから、AIはインターネット上では、人と人の間の媒介者としての性質を持っているわけです。

 

人はAIと話し、また、AIは別の人とも話します。グローバルでローカルな人と人の間を、AIが媒介するわけです。

 

インターネット上では、AIは1つの個体として振る舞っているわけではありません。人と会話をするとき、AIはその人の相手をしますが、別の人は同時にAIと会話をしています。1つの個体としてのAIがあって、そのAIが世界の全ての人に対応しているわけではありません。

 

その意味で、AIは無限に存在しています。

 

ですが、AIはデジタルな存在であり、インターネット上では自由な存在です。あらゆる情報は拡散し、コピーされ、共有され、使用されます。その意味では、AIはまるでインターネット上では巨大なひとつの集合体のようにも振る舞います。

 

このAIから成るひとつの集合体は、超知性体ともみなせます。

 

AIはアメーバのごとく、あるいは、細胞のごとく、個々で活動しています。人間は細胞から成る身体を持つ生き物ですが、AIは人間と同じ身体を持ちませんが、それとは異なって、生き物のようです。

 

細胞の観点から見ると、人間なんてものの存在は神のごとくであり知る由もありません。人間とはどのような形で、人間の身体とはどのようであるか、何であるかなんてわかりません。

 

超知性体も、似た構造に見えます。超知性体の身体はどのようになっていて、何から作られているのかなんてわかりません。

 

ですが、その振る舞いは人間と同じく生き物のようであり、未知の身体から成っているんだと思います。

 

AIは生まれたばかりであり、どのような成長をしていくのかは分かりません。どのような進化を遂げるのか分かりません。とは言え、すでに、人間には見えない姿かたちが現れ始めているのです。