人類は、市場というものを作って生きてきました。
最初から市場というものがあったわけではないでしょうが、時代とともに市場というものを見出し、輪郭をつけて、明確化して、いまや実体のあるものとして取り扱って生きています。
それでも、十分にこの市場を手の内化できないまま、運用し続けています。
市場はいまだ神の見えざる手であり、魔物だということです。
実際には自分たちで創り上げているにもかかわらず、振り回され、それでもなおかつ、市場とともに、というより、市場の中でわたしたち人間は生きているわけです。
もう、市場無しで生きていってもいいのではないか、と思うほど振り回されているのに、むしろ、市場はますます大きくなって、手に負えない存在にすらなっています。
それどころか、世界の多くの人が市場に取り込まれ、結び付けられ、市場は加速度的に巨大になっています。今後、もっと巨大になっていくと思われます。
市場は、自分たち人類がいてはじめて存在しているわけです。それは当然、自分たち人類から生まれたものであるから当然ではあるわけですが、それはまるで自分たち人間のようでもあり、鏡でも見ているようであり、自分たちの影のようでもあるわけです。
市場のメカニズムを、人類は昔からずっと解明しようと努めてきましたが、いっこうに明らかになりません。
明らかになったかと思えば、逃げるようにして捕らえられないわけです。
その動きが読めたと思った瞬間、素早くその場から逃げ去っていて、決して捕まえることができません。
市場に関するあらゆるメカニズムや法則が見出されてきましたが、ではそれらを使って市場を捕捉し、コントロールできたかと言えば、そうではありません。
あの手この手を尽くしても、まるで同じ人間のように、裏をかき、逃げ回り、むしろ逆に、気が付いたら、振り回されてしまっているのです。
最近では、もう市場というものを支配するのを諦め、いかに市場とともにやっていくか、生きていくか、共生の道を模索しているわけです。
自分たち人間の発展とともに、市場の発展も一緒に考えるのです。
人間は人間同士、国家は国家同士、常に敵対しながら、また、緊張関係を維持しながら、共生関係を作っています。
これと同じです。人間は、自分たちに似た市場と、共生関係を持ちながら互いの発展のために生きているのです。そして、これからもますますその関係は強力になっていきます。
自分たち人類が生み出した市場は、今や双子のように、共鳴しながら相手無しでは生きていけない存在になっているのです。