人間というのは、過去から現在、現在から未来という時間の流れの中にいながら、現在にいるわけですが、いつも視点は未来に向いているわけです。
現在を生きながら、未来に向かって生きているわけです。
時間軸においては、現在しかないわけですが、それでも、未来のことを考えながら生きてしまうのです。自分の視点が未来に向くようになっているのです。
過去のことも重要です。自分がこれまで生きてきた人生は確かに自分のものであり、それは大切な記憶であり、財産でもあります。
そして、過去はすでに起こった事実であり、変わらないものです。過去は変えられないし、変わらないのです。確実なものです。
ですが、未来は、不確実です。どのようにしても不確実ですから、未来に対しては不安を感じ、希望を持つのです。
人間は未来という不確実な世界に向かって常に現在を生きているのです。
不確実な世界に足を踏み入れていかないといけませんから、それには勇気も要るし、準備も要ります。
放っておいても、不確実な世界はやってきますが、過去の経験はそれを不安なものにするか、希望あるものにするか、それはその人しだいです。
どちらにせよ、不確実な世界に向かって生きていくためには、物語が必要です。この先の見えない霧の中に入っていくためには、それを支える自分の物語が必要です。
その物語は、これまでの自分の歩いてきた軌跡によって自然と構築されているかもしれません。
あるいは、これまでの軌跡とは関係なく、自ら設計して構築したものかもしれません。
物語とは、意味とも言い換えられます。
自分にとって意味があるのかどうか、意味が感じられるかどうか、そういったことが、不確実な世界に向かっていくためには重要だということです。
意味は概念であり、実体ではありません。壊れやすく、頼りないものではありますが、それでも、意味を携えて未来に向かっていくほかありません。
とは言え、自分を十分に支え、むしろ、未来に向かう力を与えてくれる意味もあります。
これまでの過去と、自分の現在の状況と、知恵と想像力を持って、自分にとっての意味を創造するのです。
人間は、持続する時間の流れの中で、現在という地点にいながら、常に未来を向いて、未来に向かって生きています。
そして、不確実な世界に対して、「意味」を支えに、あるいは、「意味」を力にして生きていくのです。
人間は確実な世界を生きていません。常に不確実な世界を生きています。だから、その不確実性の空白に意味で埋め合わせるようにして、生きていくのです。