人は、インプットとアウトプットを常に行っています。左手でインプットを受けて、右手でアウトプットを投げているのです。
できれば、効率よくインプットからアウトプットを行いたいわけです。野球と同じく、ボールを取って素早く投げるということです。
素早くボールを投げるだけではなく、確実にボールを取ることも大事だし、速いボールを投げることも大事です。
野球の場合はボールをどうするかですが、実際には、ボールだけではありません。色んなものを取り入れて、自分なりに消化して、自分なりに形にするわけです。
この世界では、色んな人が色んなものを作っていて、色んなアウトプットを行っています。アウトプットは作ることだけではありません。アウトプットにはいろんな形があります。
人の色んなアウトプットを、誰かが受け取ることができます。人のアウトプットは別の人にとってはインプットです。
アウトプットが多様であるほど、インプットも多様です。
人は模倣する生き物ですが、アレンジを加えます。自分なりの工夫をします。
ですから、取り入れたインプットは、その人なりにアレンジや工夫を加えて、違う形でアウトプットするのです。
インプットするものやアウトプットするものは、野球の場合のボールのようにひとつの種類ではなく、すべて違うものです。違うボールが飛び交っている世界なのです。
自分にとって役に立たないものも飛び交っていますが、役に立つものも飛び交っています。扱えないものもあれば、扱えるものもあります。この世界では、何でも飛び交っているんです。
だから、その中からどれかを手に取ってみれば、それから何かを自分なりのものとして生み出すことができるかもしれないのです。
人はそれぞれであり、多様であり、独自性があります。人がオリジナルですから、受け取ったインプットは、オリジナルのアウトプットに変換されるのです。
だから、人は、受け取ったインプットを自分なりにアレンジして、工夫を凝らして、好きなように、楽しく、自由に、形にしてアウトプットにしたらいいのです。
それが、他の多くの人にとっては扱えないアウトプットだとしても、誰かにとっては扱えるインプットになるのです。
この世界は、インプットとアウトプットが飛び交っていて、受け取りやすく、投げやすくなっています。まだ発展途上ですが、この先、もっと受け取りやすく、投げやすい世界になっていきます。
ですから、人はこの世界で、自分なりに自由にインプットとアウトプットをしたらいいのです。