わたしたちの世界が、時間と空間の世界と捉えるならば、主観的には、音の色の世界とも言えます。
人間にとっての音とは、主には耳から入ってくるものであり、聴覚を通して認識した音を時間として主観的に創り出しているわけです。
同様に、人間にとっての色とは、目から入ってくるものであり、視覚を通して認識した空間として主観的に創り出しているわけです。
そのようにして、人間は主観的な世界を生きているわけです。
時間は元と辿れば音であり、音の流れによって時間が作られているということです。
ですから、音の流れが速かったり遅かったりすれば、それによって主観的な時間も速く感じられたりゆっくりと感じられたりするわけです。
自分が時間に振り回されているというのは、時間の流れを上手くつかめていないということであり、音の流れに乗れていないということです。
川の流れに身を任せるように、音の流れに身を任せないといけないわけです。
ですが、時間は自分の中で主観的に生成するものでもあり、時間の流れを上手く作り出すということが大切とも言えるわけです。
自分にとっての時間は自分で作りだすのですから、深呼吸をして心を整えることが有効であるように、自分で上手く時間を調整しないといけないということです。
時計の針は刻々と進んでいますが、自分にとって重要な時間は、自分の中で時を刻むのであり、その時間はちゃんと自分で調整しないといけません。
心が逸っていると、自分の時間が狂ってしまうし、時には止まってしまうのです。
音楽が心を整えるのに有効なのは、音楽が本質的に音の流れによって作り出されているからであり、わたしたちは思っている以上に、音の流れの影響を生きているということです。
音の流れの中に生きているということなのです。
一方で、空間とは色であり、視覚情報であるわけで、時間とは異なるものです。わたしたち人間は、色の世界を生きています。
色にも変化があり、色彩には移り変わりがあり、これも時間を作り出します。ですが、音が作り出す時間の流れとは異なるものです。
わたしたちは色の世界に生きていると同時に、音の世界にも生きているのです。音の世界の中で、音の変化とともに、時間の変化を感じ、時の流れを感じるのです。
そして、自ら時間を作り出すのです。音の情報に基づいて時間の流れを作り、自ら調整するのです。
時間が無く、時間に追われ、時間に振り回されるのは、音の世界の中で自らの時間を上手く作り出せていないからです。