人間が共進化している生き物であるという観点から考えると、人間がしようとしていることは、基本的に共進化することにつながっていきます。
そもそも、人は進化しようとしているわけですから、人同士で何かをやるということは、互いに進化しようとしているわけですから、人同士であることはすべて共進化しようとしているわけです。
そして、人以外のものに対しても同じです。
料理をするということを例にとってもそうです。常に料理は進化し続けています。人は料理が出来るようになったら次から次へと新しいものを料理しようとします。
そして、新しい食材を使ってみたり、作り方を改良したりして、どんどん違う料理になっていきます。まさに進化し続けているのです。
ものを書く、ということもそうです。人は自分が考えたことを言葉にして書くという行為をするわけですが、ずっと同じ内容を書き続けるということではありません。
書く内容は変わり続けます。進化し続けます。
書くことで新たな気づきがあり、ものごとの理解につながり、アイデアが生まれます。単なるものを書くという行為が、留まることのない創造につながっていくのです。
これも、ものを書いている自分と書く内容の共進化が起こっていると言えるわけです。
人は、共進化している限り、生きていると感じられるし、生きていくエネルギーを調達し続けることができます。共進化は、生きていく動力なのです。
諸行無常においては、世界は常に留まることなく移り変わっているのであり、人がそこで留まることはありません。
同じ状態である事はなく、むしろ、世界の諸行無常のシステムの一部として、潤滑油として存在しているのです。
自分自身を媒介として諸行無常の世界に寄与しているのであり、媒介でありながら、世界とともに進化し続けているのです。
諸行無常の世界とはまさに共進化の世界であり、その世界の中に存在するありとあらゆるものはすべて、進化し続けているのであり、互いに共進化し続けているのです。
それが生きているという状態であり、諸行無常の世界というエコシステムが循環構造を持ち、生き続けている限り、人間は生き生きと生き続けていることができるわけです。
共進化しているのは、人間だけではありません。ありとあらゆるものが共進化しているのです。むしろ、共進化しているありとあらゆるもの中で、人間も共進化することで、生き生きと生きていられるのです。
自然なことなのです。