人間はこの世界を認知の能力によって捉えています。
世界そのものを丸ごと理解しているのではなく、自分なりに、あくまで主観的にこの世界を捉えています。
世界を自分の中で構築しているわけです。自分のこれまでの経験や記憶、知識を用いて、自分なりの世界を、穴の空いた部分も埋め合わせながら構築しているわけです。
そのような世界の中を、人は生きているのです。
その意味で、自分たちの生きている世界は自分しだいでもあるわけですから、自分の世界の捉え方や構築の仕方が変わることもあって、世界は完全に固まってはいないと言えます。
ある意味不安定な、でも、可変な世界を生きているわけです。
自分しだいというわけですから、自分の構築する世界は、ひとつとも限りません。
自由に設計可能な世界であるわけですから、色んな世界を設計できるわけです。
それはゲームの設計のようなものです。ゲームの世界を自分なりに作ってみるのです。
プレイヤーである自分は、そのゲームの中で戦略を持って、自由にプレイするのです。
ゲームの中の勝ちパターンは自分なりに構築でき、でも、簡単に勝てるゲームは面白くないし、でも、勝てないゲームも面白くありません。
程よく難しく、でも、程よく勝てるゲームを構築できるんです。
自分のゲームは幾つも構築できるわけですから、今日プレイするゲームと明日プレイするゲームは違ってもいいんです。
このゲームはいったんそこで止めて休憩して、別のゲームに移ったっていいんです。自分の構築した世界ですから、出入りは自由です。
ゲームの設計者である自分は、いつでも、自分のゲームを書き換えられます。書き換えすぎてもつまらないですから、自分なりにしっかり構築することは大切ですが、修正はいつだって可能です。
ゲームのゴールを設定してもいいし、ゴールはどのような形でもいいし、ゴールは無くてもいいんです。その設計は自分しだいだし、自分の好きなように構築していいんです。
ゲームの設計をあいまいにしていると、ゲームはゲームとして成立しなくなります。ですから、自分のゲームですからその建付けをしっかりとしたものにすることは重要です。
また、いつもハードモードでなくてもいいわけで、ノーマルモード、イージーモードで楽しむ事も時には必要です。
そのようにして、人は自分の世界を自分なりに構築し、自分で設計したゲームの中でプレイヤーとして生きていくんです。
色んなゲームを自分なりに設計し、プレイを楽しんだらいいんです。