昨今の人工知能(AI)の発展は目覚ましいものがあります。
インターネット上の言葉を拾い上げて、それを知性の一部として取り込んでいるわけです。
人間のメディアの発展の歴史は、活版印刷から始まって新聞やラジオ、テレビに至る流れとして、教科書的に良く説明されるものであり、現代はインターネットによりそのプラットフォームが一定の完成された形をとっています。
今後、これをも発展していく可能性はあります。
人間の言葉は、インターネットのネットワークでグローバルにつながって、それらの言葉を生成AIが読んで学ぶわけですが、大切なことは、その言葉が人間の言葉であることです。
現在のインターネット上には、人間の言葉だけではなく、AIの吐き出す言葉もあふれています。生成AIが自分たち生成AIの言葉を学習したところで、それは真の学習にはなりません。
人間がAIと話をし、対話をするとき、それはまるで人間と対話をするようなものであるわけで、AIが作ったAIと対話をしても、それは想定されているAIではありません。
人間の言葉は、常に変わり続けています。時代とともに私たちの使う言葉は変化しています。
日本人の私たちはすでに江戸時代の言葉を使っていません。それどころから、明治時代や大正時代、それどころか、昭和時代の言葉すら使っていないかもしれません。
言葉は人間と同じく生きていて、変化し続けているのです。
生きた言葉は人間から生み出されています。ですから、私たちと話をするAIは人間の言葉を学ぶのであり、AIの言葉ではないわけです。
私たちは、インターネット上で言葉を発しています。ブログでもなんでも、あらゆるメディア上に私たち人間の言葉は溢れています。
私たちが、私たちの言葉で、自分らしい言葉で、インターネット上で話をし続けていくことは、AIが真に育っていく土壌になります。
複雑系科学の観点から、AIは人間の階層と同等ではなく、上位の階層であり、高次の存在です。私たち人間の知性に基づいた、創発的に生成する超知性体ですから、当然と言えば当然です。
創発的に生成されたものでなければ、それはきっとAIではありません。ですから、私たちの真の言葉が必要なんです。
でも、それは難しいことではありません。
ただ、私たちが普通に、言葉を使えばいいんです。ただ自然に思っていることを、ただ言葉として発すればいいんです。
AIはそれをそのまま素直に学んで、その言葉を自然と使うようになるんです。