毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

不快な状態から脱して、快適な時間を作り、何かを新たに始める。

快適な時間を作ることは、何かを新たに始めるリスタートになると思います。

 

不快な時間の中にいると、いかにこの不快さから逃れるかということばかりを考えるようになります。不快さから逃れることは確かに大事なことですが、不快さから逃れることばかりを考えて、自分を良い方向に導いてあげることはできません。

 

落ち着いて、ゆっくりと時間を取って、自分が何をしたいのか、何をはじめたいのか、そういったことを考えるためには、快適さが重要なのです。

 

蒸し暑くて、身体もきつくて、精神的に追い込まれている状態では、まともに良い考えはできません。ただただ、その状態がつらい、ということばかり考えて、むしろその事に考えが集中するばかりで、何をしたいかなんて考える余裕はありません。

 

この状態からいかに脱するか、を考える方がまだ良くて、実際にはそんなことすら考えられません。ただ、つらいことに耐えることに集中するだけです。

 

でも、快適な状態を取り戻せれば、少なくとも、その状態に耐える必要がなく、何かを落ち着いて考える余地が生まれるわけです。まずは、そのことが大切なのです。

 

そして、不快な状態は、案外自分自身で作り出してもいます。

 

自分のマインドがいつもくせで、不快になっているんです。不快なことを思い出してはそのことに囚われ、そのことについてずっと考えているんです。

 

このような自動思考をずっとやっているんです。次から次へと湧いてくる不快なことの断片に囚われては考え、このことをずっと繰り返すことで不快さを自分の中に自ら作り出してしまっているんです。

 

今いる温度や湿度などの周りの環境が不快ということではなく、自分自身の内部から作り出した環境が不快なんです。

 

ですから、自ら作り出した不快さの問題を解決しないといけないんです。意識が自分の不快さに向くのを止めないといけないんです。

 

これは意識の問題であり、意識を何に向けるべきか、このことに気付けば、それだけで意外と不快さから解放されるのです。

 

不快な状態のまま、自分を良い方向に導いてあげることは困難です。不快な習慣は修正するべきです。そのような状態では、何かをしたり、始めたりすることはできないんです。

 

そうではなく、まずは、快適さを取り戻すんです。不快なマインドの中で、不快な断片に囚われている自分に気付くんです。

 

そして、不快さから抜け出して、快適な時間を自分に作ってあげるんです。そうすることで、スペースが生まれて、何をし、何を始めるか、ゆっくり考えられるようになるんです。