人は意味を見出すことなしに生きていくのは困難です。自分なりに意味を見つけて、意味を作っていくんです。
人に意味を示さないと、この世界では生きていけないような気がして、何とかこの世界にある意味を見つけて、その意味を自分のものにして、それで生きていこうとするんです。
意味さえあれば、この世界はその意味を認証し、受け入れてくれて、そして、生きていけるような気がします。
ですが、その意味を自分のものとしなければ、意味はあくまで認証としての意味であって、自分自身を支えてはくれませんから、いずれ意味はただの意味でしかなくなってしまいます。
とは言え、確かに、この世界にエントリーするためには必要であったわけで、その意味は自分のものでなかったとしても、とりあえずは、そのようにしてその意味を生きる糧にしていくわけです。
その意味も、しばらくは実効性があったかもしれませんが、いずれその効力は失われます。自分を支えてくれないものであるときがやってきます。
そうすると、それからは、自分で自分なりに意味を見出していくしかありません。そもそも、意味なんて自分には備わっていないわけですから、いずれは自分を支えてくれる自分だけの意味を見出さざるを得ないわけです。
人は意味がないと生きていけませんから。
自分にとっての意味はどこかにあるのでしょうか。この世界の何処かにあるのかもしれません。そうであるなら、この世界の中で旅をして、どこかできっとその意味で出会えるんだと思います。
きっとそれは自分の意味になるし、自分の支えになってくれます。
また、自分にとっての意味は、すでに自分の中にあるのかもしれません。ただ、自分がその事を認識していなかっただけで、自分の中にすでに育っていたのかもしれません。
でも、そのことに気付いたなら、きっとそれは自分にとっての確かな意味になるし、自分を内側から支えてくれます。
どのような形であれ、自分なりに意味を見出し、また、見つけ出すんです。
いつしか、その意味は効力を失うかもしれません。永遠の意味ではないかもしれません。
それでもいいんです。意味はまたきっと出会えます。そして、自分の中に育ちます。
ですから、意味は最初から自分の中に確かな存在としてないのであり、ただそんなことは問題ではなく、自分なりに見出していけばそれでいいんです。きっとそれはこの世界の中で見つかるし、自分の中に見出せるんです。
そのようにして出会った意味とともに、人は生きていくんです。