そもそも、意味なんて無いんです。この世界には、初めから意味があるわけではないんです。
世界は確かにそこにありますが、意味も一緒にあるわけではありません。
意味はあくまで後からつけるんです。そして、自分なりに意味をつけるんです。意味は無いが、意味は自分が作るんです。
意味なんてものは、確かに不確かなものです。それでも、その意味を確かのものとして信じて、人は生きていくんです。
とは言え、意味は力があり、自分が見出した意味を支えに、人は生きていくことができるんです。
その意味では、意味は存在するんです。自分の中で意味は存在し、その意味により自らを支えるんです。そのようにして、意味は機能するんです。
自分の中に生成された意味は、豊かさがあり、多彩さがあります。自分だけの彩りや深みを持っています。
意味は自分で作れるんです。不確かに感じられるかもしれませんが、確かな意味を自らの内部に作ることができるんです。
この世界から、自分なりに意味の断片をかき集めて、かき集めた断片を総動員して、自分の中に、意味を構築するんです。
意味を支えるだけの断片はこの世界にたくさんあります。資源はたくさんあります。
それらをこの世界から見つけてくるんです。自分の目でそれを捉え、自分の手でそれを掴むんです。それらは自分の中の意味の一部として構成されるんです。
それでも、意味はあるときその効力を失うかもしれません。効力を失った意味は、無意味化するかもしれません。
ですが、それでも、新たに意味を生成することができるんです。
自分がこの世界に存在している限り、そして、自分がこの世界を捉えている限り、いつでもこの世界から意味の断片をかき集めることができるんです。
自分の目と手と、身体全体を使って捉え、自ら意味を形作っていくんです。意味を再構築するんです。
何度でも意味は書き換え、再生できるんです。
まるでそれは生き物のように、何度も再生して自分の中に生まれ変わるんです。
自分なりの意味なしに、この世界をどのようにして人は生きていけるでしょうか。意味は不確かかもしれないし、事実ではないかもしれません。そもそも、最初から意味が存在しているわけではありませんから。
ですが、それでも、意味は生成するんです。この世界と向き合ってこの世界をその断片を集めてくるんです。
自分次第で、意味は力を持ち、自分の中に確かに育ち、内側から自分を支えるんです。
いつでも、意味は自分の中で再生するんです。