毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

無秩序な情報に振り回される状態から脱し、意識的な選択によって対象に集中する。

人間の情報を取り込む能力は、もはや自分自身をコントロール不能に陥らせるほどです。

 

ですから、無秩序な情報の流入をいかに制御するかが重要です。

 

人間は放置すれば受動的に情報を飲み込み、選択の余地を失います。ノイズが多ければ多いほど、自律性は失われます。

 

現代は、無意識の取り込みが無意識の行動を規定してしまう時代です。だからこそ、能動的な情報の取捨選択が必要です。

 

その有力な手段が『集中』です。

 

意識を特定の対象に絞り込むことで、脳の処理リソースを占有し、結果として不要な外部情報を排他的に遮断するのです。

 

人間は、散漫になりやすい生き物ですから、意識を何かに集中させていないと、気がついたら情報にまみれて身動きが取れなくなっています。

 

また、外側の情報だけではなく、自分の中に取り込んだ情報にも振り回されてしまいます。

 

常に、自分のそばには情報があって、それらにまみれていて、無意識にそれらに振り回されているのです。

 

ですから、何か対象に意識を向けて集中する必要があるのです。

 

私たちの意識は、何かに向けることができます。向けた対象に対して、意識を集中させることができます。そのような状態にあるとき、情報が周りにあっても、容易には入ってきません。

 

何かに集中することは、訓練が要るかもしれません。集中する対象がなければ、人は何に集中してよいかわからず、気が付いたら周りの無秩序な情報に囚われています。

 

情報に囚われるのは容易で、努力は要りません。自然と囚われることができます。ですが、それでは、ずっとコントロール不能のままです。

 

集中する事には、確かに努力が要ります。エネルギーをかけないと、何かに集中できないわけです。

 

ですが、言い方を変えれば、人はエネルギーをかけることで何かに集中できます。そして、それだけのエネルギーを人は本来備えています。

 

そして、自分のことを振り返ってみればわかるように、自分が集中できる対象を持っています。その対象に集中することによって、情報に振り回されることから逃れることができます。

 

さらに言えば、集中する対象を選ぶこともできます。自分の好きなこと、自分にとって価値があること、心地良いこと、そういったことに意識を向けて、集中するのです。

 

集中する対象も確かに情報のひとつですが、その情報を意識的に選択することが大切なのです。

 

単に情報に振り回される状態から脱し、意識的な選択によって対象に集中するんです。

 

練習によって、それは習慣になります。習慣化して、対象に集中するんです。そうすることで情報に振り回されずに、自分をコントロールできるようになるんです。