人にとってあらゆる情報は自分に影響を与えます。
自分の脳に取り込んだ情報を、自分の認知の断片として取り込むわけです。そして、その断片の影響を受けるわけです。
視覚的なものであれ、あらゆる感覚の情報も自分に影響を与えるし、同様に、言葉や知識の情報も自分に影響を与えます。
人間はその意味でセンサーの機能を持っていますから、常に情報をキャッチしては取り込んでそれらの影響を受け続けているわけです。
情報の取り込みは、習慣として自然に行っているので、それはそのまま自分の中で学習され、自分自身を形成していくわけです。
情報は、良いも悪いもありません。情報は苦しみの元にもなるし、喜びの元にもなります。何が苦しみとなり、何が喜びとなるかも分かりません。
ですが、人はそれらを無意識に取り込んで学習してしまうので、わたしたち人間の自動的な学習システムに対して、いかに自らコントロールするかが重要になります。
そうでなければ、人はずっと取り込む情報に振り回され、感情的にも乱され、不安定なままです。
情報を自動的に取り込んで学習している能力は極めて高いので、そのことに対して上手くコントロールできなければ、ずっと振り回されたままです。
取り込む情報が多すぎるわけです。
無意識に、キャッチした情報の影響を受けているので、自分が何を感じて、それに基づいてどのような行為を行おうとしているのか、また、どのような行動をとろうとしているのか、分からないこともあります。
ひょっとしたら、自分の毎日の行動の理由や原理を、自分自身分かっていないかもしれません。
習慣の良いところは、意識的に考えなくても行動できるところにあります。歩こうと意識しなくても人は歩けるわけですから、習慣は人の仕組みとしては欠かせません。
ですが、情報に振り回され続けて、ただ感情的に反応して行動しているだけでは、その結果幸せであればいいですが、そうではない場合、情報にただ振り回されるのではなく、それを自分でコントロール出来るようにならなければなりません。
自分の頭、あるいは、身体に取り込んだ情報を、自分の中でどのように認識し、理解し、処理するのか、そういったことが重要です。
情報は無意識に取り込んでしまいますから、取り込んだ後に、自ら意識的にそれらをコントロールしてあげないといけません。
そうしないとずっとただ情報に振り回され、感情もただそれらの影響を受け、自分で自分をコントロールできないままになってしまいます。