人間の視野は、思っているより狭いんです。自分は色んな事を知っていると思っていても、実はそれは自分の見ている世界だけのことなんです。
世界はもっと広くて大きくて、自分が見えている世界は小さいんです。自分に見えていない世界はもっとはるかに大きいんです。
具体的に目の前に広がる視界のこともそうですが、認識上捉えている世界も小さな世界なんです。
小さな世界というか、限定された世界なんです。自分がフォーカスしている世界であり、自ら切り取った世界であり、自分だけの世界なんです。
人間が認識できる世界は、自分から見た側面でしかなく、別の側面で見たなら、それは全く違う世界に見えるんです。
ものの見方は、認識する人間にとっては極めて重要で、それを変えるだけで世界は大きく変わるんです。
ですから、言い方を変えれば、人は自分の見方に限定された、狭い世界を見て生きているんです。そして、実際の世界は、自分の想像をはるかに超える世界なんです。
自分に見えていない大きな世界というのは、単なる物理的な規模だけではなく、多様であり、多層になっているわけです。
また、見る角度を変えるだけで大きく見え方が変わる、多彩な世界なんです。
その上、世界は常に移り変わっています。ある時存在している世界は、別の時にはすでに違う世界に変わっているんです。
視覚的に見える世界は時間が経ってもほとんど変わらないように見えますが、実際の世界はもっと速く変わり続けています。
絶え間なく変わり続けている諸行無常の世界の中で、人は自分だけの狭く小さな世界を見ながらそこに居るんです。世界を捉えているようでほとんど捉えきれていない中で、そこに居るんです。
認識上、自分に見ている世界には、なかなか変化が訪れません。自分なりに色んな事をやっているつもりでも、全然変化が起こりません。
ですが、世界自体は常に変化しています。ただ、自分だけが自分だけの偏ったフィルターで頑なに自分の世界を見続けていて、まるで自分だけがその世界に取り残されているように変化せずにいるんです。
変化が訪れないのではなく、変わり続ける世界の中で自分だけが変化に気付いていないんです。
人間はそもそも柔軟ではなく、客観的でもなく、主観的な生き物です。自分だけの世界を見て、その世界にこだわって生きているんです。
確かに、人は自分にしか見えない小さな世界を生きざるを得ません。ですが、いつだって変化する余地があります。いつだって世界は大きく変化するんです。