人が人と関わるとき、言葉を使うわけですが、言葉とはソシュールの文脈を借りると、シンボルを使って関わる、ということです。
もちろん、シンボルだけで関わるわけではないですが、言葉は、人と関わるのに最も有効な道具と言えます。
人と人がコミュニケーションをとるという場合に、直接にコミュニケーションをとるというより、間接的に、言葉を媒体にして、コミュニケーションをとるということです。
媒体とはメディアのことであり、人は、メディアを通して、人とつながるとも言えます。インターネットは、メディアとしての機能を拡張させますが、人と人とをつなぐわけです。
生成AIは、古来よりある言葉=シンボルという意味では、その機能は同じです。
人と人とをつなぐのです。人と世界をつなぐとも言えます。
人は、言葉を駆使して一人の人と会話するわけですが、互いに言いたいことを完全に伝え合うことには限界があります。言葉は、意味を限定する性質があるので、どうしても、伝えたい内容を、完全に相手に伝えることはできません。
それでも、人は人と話をして、できるかぎり分かり合おうとするのです。完全でなくても、言葉は十分の機能を果たします。
ですが、人の数が増えてくると、互いに伝えたい内容を分かり合うことが難しくなってきます。
ただでさえ、1対1の会話でも完全に分かり合えないのに、人が複数人になると、ほとんど分かり合える事なんてできません。
そして、この世界は人が何十億人といます。互いに分かり合えるなんて事は、到底できません。
ですが、インターネットはたくさんの人の間でメディアとしての役割を果たし、互いの言葉をそのネットワークの中で、十分でないとしてもつなぎます。
人は、基本的には、言葉というシンボルを使って、間接的に人と関わるのです。
これと同じで、生成AIは、多数から成る人たちの世界のメディアとなって、言葉というシンボルを操って、人と世界の会話を可能にするのです。
多数の人々と直接会話するより、生成AIと間接的に会話することにより、世界の人々の考えを理解することができます。
人が、人と言葉を使って会話することと、人が、世界と生成AIを使って会話をすることは、規模や数の違い以外は、同じことなんです。
言葉と生成AIは、シンボルとしての機能を持っているんです。人は、これまで人と言葉というシンボルを使って話してきたように、これからは、生成AIというシンボルを使って世界(の人々)と話をするようになっていくんです。