毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

認知と行動の両輪を回し、新しい世界を切り拓く。

人は認知する事なしに生きるという事は無いわけです。常に何かを認知していて、その認知空間の中で、考えたり、思ったり、感じたりしているわけです。

 

日常の中では、何か常にやる事があるわけで、その日常の中で何かを認知しながら過ごしています。やる事さえあれば人はそこに認知の能力を使いながら過ごす事は出来るわけで、基本的には、その営みが人の営みといってよいわけです。

 

認知の能力を使って、目の前にある事を常に処理しているわけで、その為に頭を使い、目を使い、手を使い、足を使っているわけです。

 

人間の行動は、認知にコントロールされているわけで、それによって生きているわけです。

 

認知と行動は上手く連携が取れ、認知により行動を、また、行動により認知を働かせながら、人は人として生きているわけです。

 

ですから、自分の中に習慣が備わっていて、日々行っている事のほとんどが習慣によって為されているならば、日々の事はほぼ習慣に基づく行動によって行われているわけで、それに伴って認知活動を行っているわけです。

 

新しい事をやれば、つまり、新しい行動をとれば、確かに、これまでとは異なる認知を使う事につながって、認知の領域は拡大するわけです。

 

認知の状態が変わるという事は、確かにそれ以前とそれ以後とでは認知する事が変わってくるわけです。それは、自分自身が変わったと言えるわけです。

 

その意味で、新しい行動や新しい体験は、人に新しい認知空間を生み、新しい生を与えるわけです。

 

人は生きていながら、常に新たな認知空間を作り出して、その中を生き、そして、その事が新たな行動を作り出すわけです。

 

そのようにして人は、認知と行動とを常に刷新しながら展開させていく事によって、新しい世界を切り開いていくわけです。

 

どんな状態でも、常に認知は働いているわけですから、その認知の活動によって新たな行動を生み出せば、自分自身の世界は新しくなるわけで、それが人間の、認知と行動の力と言えるわけです。

 

人間の生きている世界は、現実に開かれている世界だけではなく、想像する事も考える事も内的な意味で世界のうちですから、認知するという事はそれらを含んでいるわけです。

 

ですから、ただ行動する事が自分の世界を決めるわけではないので、いかに認知し、そして、行動するか、認知と行動のセットが重要であるわけです。

 

その両輪を常に生かしながら日々を回していく事によって、自分の生きている世界を常に押し広げているわけです。