人は自分にとって価値ある事、意味ある事を求めてしまいますが、よく考えたら意味なんて必要ないんです。自分にとって意味がなくたって、それはすでに自分の事なんです。
人は不安だから、何かに頼りたいわけです。すがりたいわけです。
基本的に寄る辺ないですから、何かに依存して安心したいわけです。
そこで、自分とは関係の無い事を依存して、それに頼っても、結局はそれは自分の支えにはなってくれないから、自分にとって価値あるものにすがりたいわけです。
自分にとって価値がありさえずれば、また、意味がありさえすれば、安心してそれに頼れるわけです。
ですが、実はそんなものは無いんです。そもそも、人間は寄る辺ない生き物なんです。
一体、人は何があれば安心していられるんでしょうか。何に価値を見出し、何に意味を見出せば、安心して生きていけるんでしょうか。
そんなものは無いんです。価値にも意味にも頼りたいですが、それらに頼って安心して生きられる、なんて事自体が無いんです。
そうではなく、すでに人はそこに存在していて、何の価値にも、また、何の意味にも支えられず、すでにそこに居るんです。
不安でしょうがないんですが、居るものは居るんです。すでに、そこに居ちゃっているんです。
何も支えてくれないし、何にも頼れないまま、すでにそこに居座っているんです。
ですから、寄る辺ない自分を認めるしかないんです。自分は、寄る辺ないという事実を認めるという事です。
どこかに、自分を支え、安心させてくれる価値や意味がどこかにあるはずだと思っていたわけですが、そんなものはあるはずもなく、ただ寄る辺なく、存在しているという厳然たる事実を受け入れるという事です。
ここで、大切な事は、ただ在る、という事実を受け入れるという事です。この理解が最も大事なんです。
存在する事こそが、また、事実こそが重要であって、その事実に自分たち人間は立脚しているのであって、それを支えてくれるものなんて無いんです。
でも、その事実を知る事によって、不安、寂しさ、心細さ、孤独、自信の無さ、全ての感情にまみれるわけですが、その心の傷みを受け止め、受け入れ、そして、受け流すという事です。
そもそも、私たち自身を支える価値や意味なんて無くて、それより先だってすでに存在しているわけですから、その事実から生きていくという覚悟を決めるんです。
そこに存在している事は確かです。事実であり、真実です。この真実こそが自分を確かにするんです。