毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人を突き動かしていくものは何か。

人が生きていく事を突き動かしていくものは何でしょうか。

 

夢や希望を明確に抱く事が自分を突き動かすとよく言われます。自分自身の信念や価値観に基づいて、自分の願望を明確化し、この願望を現実化するというアプローチで、自分自身を突き動かそうとするものです。

 

ですが、この場合、この願望が、真に自分の信念や価値観にもとづいていなければ、自分を突き動かしていく事はできないわけです。ですから、取ってつけたような願望を、自分の願望として掲げたところで、意味は無いわけです。

 

人間には、愛するという行為がありますが、この愛する行為が自分自身を突き動かすとも言えます。

 

愛する行為は、人が対象というだけではなく、対象は何であれ、それを愛する気持ちがあれば、その対象に対して自分自身を突き動かす事が出来るわけです。

 

ですが、自分自身を突き動かす事を持続させていく為には、行為そのもの、プロセスそのものを持続させる仕組みが必要であって、どんな夢を掲げようと、また、どんな願望、あるいは、愛する対象を掲げようと、それに向かう為のプロセスが持続できなければ、決して自分自身を突き動かし続ける事はできません。

 

その意味では、行為そのもの、プロセスそのものを愛する事が大切であって、夢や願望が達成されなくても、そこに到達するまでの間のプロセスを愛していれば、それを持続する事が出来るわけです。

 

そのように考えると、自分の行為を愛し、また、愛でる気持ちが大切であるわけです。

 

その行為を愛で、育んでいく事が大切であるわけです。

 

ステップバイステップで、そのプロセスを愛でるようにして、大切に育てていく事によって、その行為を持続でき、つまり、自分自身のその行為を突き動かし続ける事が出来るわけです。

 

むしろ、何か夢や願望を掲げてそれに向かって自分自身を突き動かすよりも、それに向かう為の行為やプロセスを突き動かし続ける事の方が重要かもしれません。

 

突き動かしていった結果、何らかの夢や願望が実現するのであって、場合によっては、最初に掲げた夢や願望が違うものに変容していったとしても、自分自身を突き動かし続けていったならば、それに自分自身は納得しているのかもしれません。

 

夢や願望や愛する対象について真に自分の信念や価値観に合致しているかよく吟味して設定し、そして、それに向かう行為やプロセスを大切に育て、ある時、フィードバックとして、再度夢や願望が信念や愛する対象であるかを確認し、修正して、そしてまた、それに向かう行為をより大切に育めるように修正し、それを繰り返していく、そのような事が、自分自身をより強く突き動かしていくのかもしれません。