毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

関係性がこの世の中を成り立たせている。

世の中は、関係性から成り立っている、というのは、仏教はよく言うことですが、実際、確かに世の中はそうなっているように見えます。

 

お金はその最たるものですが、お金そのものは、世界の関係性そのものであって、お金そのものは、モノを交換するときに役立つ代替物であって、メディアであるわけです。

 

お金のやり取りが活発になればなるほど、お金の価値は上がり、お金の動きが鈍化してくるとお金の価値は下がってくるわけです。人と人との間で、活発に移動する事によってお金がその重要性を高めるわけで、つまり、お金が関係性によってその価値を発揮していると言えます。

 

その意味では、情報もそうで、情報それ自身で、何かモノが出来上がるのか、実体はあるのか、というとそんな事はありませんが、情報は拡散する事でその力の猛威を振るっています。

 

情報はメディアであって、人から人へのメディアとしての情報が移動する事によってその本領を発揮しているわけで、まさに、関係性としての機能を持っています。

 

言葉もその意味では、関係性の範疇と言えます。言葉は情報という側面もあり、メディアでもあるわけです。

 

人から人への言葉は発せられ、また、受け取られるわけで、そのようにして、人は人とつながる事が出来るわけです。

 

言葉が無ければ、人は人と交流する事を難しくするし、人と人との関係性を成立させています。言葉無くして、この世界は回りません。

 

では、私たち人間自身も、関係性なのか、という意味では、関係性としての機能を持っています。

 

もちろん、身体という実体はありますから、実体は確かにそこにあるわけですが、この世の中を成立させるうえで、かなりの面で、関係性としての機能を担っています。

 

人と人との間の関係性を人がつなぐ、という側面はまさに人が関係性としてこの社会を成立させているわけで、人間社会は少なくとも、人の関係性的側面が創り出していると言えます。

 

仕事の多くの側面も、社会を構成する関係性としての機能であり、人によって仕事をしている人たちというのは、社会をつなぐ構成員であり、関係性そのものです。政治家などは良い例です。

 

車にせよ、電車にせよ、飛行機にせよ、移動体は人をつなぐ関係性としての機能により発展しており、駅や都市は、まさに人と人とをつなぐ結節点であり、関係性の起点です。

 

活発化するこの世の中は、関係性の発展によって、加速し、その骨格を表しているのであって、関係性こそがこの世の中であるとも言えるわけです。