事実は大切です。確かに今、自分は自分の足で歩いています。その事は事実であり、とても重要な事です。
確かに今、自分は自分の手で箸を握っていて、それで食事をしています。その事は事実であり、確かな事です。その事は重要な事です。
人は、事実があって、そこに生きているわけです。事実という地平の上に立って、そこに今存在しています。その事がまず、重要なんです。
人は、事実を拠り所にして、そこに立脚して、それから前進していくんです。
その先にはいろんな可能性があり、どこにでも向かっていいわけです。ですが、今自分がこの地面に立ち、そこに立っているという事実があって、それから、未来の時間軸に沿って、どこへ向かっていくのか、分からないわけですが、でも、どこかへ向かっていく事は出来るわけです。
人は色んな事を考えます。考える事は自由であり、色んな未来について考えても良いわけです。考える事には制限は無く、様々な可能性について考え、検討する事が出来ます。
そして、考えた事の中から、どれかを選択する事が出来ます。どれかを選択する事で、その未来に向かっていく事が出来ます。
また、どの選択をしなくても、未来には向かっていくわけで、自ずと未来はやってきます。その意味では、新たな選択をすれば、その道が向かっていく事が出来、また、選択を特にしなければ、そのままその場所に留まる事も出来ます。
未来について色んな事を考えうるわけですが、何も確定的な事はなくて、確かな事は、今ある事実です。
また、色んな事を想像する事も出来ます。想像に限りはありません。想像した事を実現しようとしてもいいし、しなくてもいいんです。想像は自由であり、実現するとかしないとか関係なく、想像は無限です。
その意味で、自分自身が、それを実現するかどうかなんて、何も変わりません。ただ、想像する事が自由であって、いくらでも、事実にする準備として、実現につながる想像を検証しても全く問題ないわけです。
ですが、いくら検証したところで、それらが、現実になるかどうか、事実になるかどうかは、今の時点では決して分かりません。想像はあくまで想像であって、事実とは地続きではないんです。
ですが、間違いなく、私たちにとって、今ここにいる事実は重要であって、確実な事であって、この事実がいかようにも発展可能性があって、同時に、これから先の事は不確定であって、いくら準備しても、思考を巡らせても、それが実現するかどうか、事実になるかどうかは、分からないわけです。
とは言え、事実は重要であって、この事実の上に私たちは確かに存在しているわけです。