時間というものは不思議で、刻一刻と過ぎていく時間は速くて、静かに時間を感じていると1秒以上の間隔で長く感じられるほど、逆に言えば、時を刻んでいく時間は速いわけです。
10秒間なんてその意味では長すぎて、カメラのシャッターで言えば、一体何回シャッターを切れるんだというくらい、時を刻む間隔は長いわけです。
では、0.1秒なんていう時間間隔はどうだろうと考えてみると、さすがに、0.1秒の間隔は速過ぎて、その速さにはついていけないわけです。
そうすると、意識としては、せいぜい0.2秒、あるいは、0.3秒、その辺りは分かりませんが、0.1秒は短すぎる時間であるわけです。
0.1秒というと、周波数で言えば10Hzなので、せいぜいα波の周波数は認識できないわけで、α波の時間間隔よりかは長い時間間隔を認識できるわけです。
その意味で私たちは、リアルタイムに刻々と生きている時間は、大雑把に1秒程度であって、1秒の時間を生きているわけです。
私たち人間は、1秒の世界を生きている。思い切って言うと、そう言えるわけです。
そのように考えると、0.1秒の時間は私たち人間は生きているのか、というと、意識の上では、止まってはいないにしても、その短い時間の間、何かに気付いていなわけです。
気付いていないわけですから、意識として感じられる時間には下限があって、その時間よりも短い時間になると、もはやその時間は生きていないわけです。
その意味でも、私たち人間は、1秒という時間を生きているわけです。そして、1秒という時間を刻々と、リアルタイムに刻みながら、連続的に、あるいは、連続に感じながら生きているわけです。
連続に感じながらと言ったのは、私たち人間は0.1秒程度の時間は認識できないので、その時間はとびとびの不連続だろうが、連続だろうが、認識できないわけです。
ですから、連続に感じながら、生きているわけです。
10秒というと、生きているというより、生き続けていると言い換えることが出来ます。1秒の連続性を生きているわけですから、10秒は1秒を刻みながら生き続けているわけです。
分かりにくければ、1年という時間間隔に置き換えてもよくて、1年間という長い間を、1秒を刻みながら刻々と人は生き続けているわけです。
まるで、1秒を生きて、その次の1秒を生きて、を繰り返して、生きる事を連続的にしているわけです。
私たち人間は、絶え間なく続く、1秒という時間を、連続的に生き続けているわけです。
その意味で、私たちの「生」は1秒だという事です。