やりたい事を考えるとき、いくつもいくつも細かく考えるものではなく、ひとつ考えるのがいいのではないか、そういう風に思います。
出来れば、人生でひとつ、大きなものを考えるのがいいのではないか、そのようにも思います。
人生にひとつ、ですから、ちょっとした事は除外されます。今日、明日、でできてしまうような事は除外されます。
そのようにして考えを詰めていくと、選りすぐりの「やりたい事」が絞り込まれます。きっとそれが、やりたい事になるわけですが、それでは十分ではないかもしれません。
明日になったら忘れているかもしれません。
明日になっても忘れないようだったら、それは一生をかけてやりたい事になるポテンシャルがあります。
もちろん、考えるだけではなく、心に聞くことも大切です。心が、どうしてもそれをやりたいと、真に願っていないといけません。
心に嘘があると、きっとそれは、真にやりたい事ではありません。
見栄とか、そういうものに基づいてやりたい事を決めても駄目だと思います。それはやっていた方が得をするという程度のものであって、やりたい事ではありません。
真にやりたい事というのは、見栄とか得をするとか、そんな事とは無縁です。損しても、関係ないんです。損するとか、どうでもいい事です。
やりたい事が人生にひとつだとすると、よほど譲れないものでないと、やりたい事にはなりません。
生き方や職業選択や住む場所など、そういったものによって、容易にやりたい事を譲れるようなものであれば、それはやりたい事になりません。
人生をかけていますから、それはきっとそんなことでは阻まれません。
そういったものがきっと、真にやりたい事であり、その事のために生きるようなものがきっとやりたい事だと思います。
やりたい事のために生きるのであり、生きるためにやりたい事をするのではないんです。
きっと、そうまでしてやりたい事というのは、人生ひとつあるんです。