毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人生に重要な事は、自然で軽やかで身近なところにある。

自分にとっての重要な事というのは、案外、強く重要な事として認識されないものです。

 

その時確かにそれは重要な事として認識されたかもしれませんが、それが自分の行動や決断に影響しなければ、それは真に重要な事とは言えないわけです。

 

自分にとって重要な事として、人生に影響を与えている事というのは、案外それほど重要なものではないんです。

 

人生を動かす決定や、自分自身を動かし方向づけているものにかかわっているものは、その決断を決断として認識させず、重要である事と強く認識されるものではないんです。

 

もっと軽やかで、もっと楽なものであり、楽しむようなもので、何か惹かれるようなもので、強く握りしめて離さないようなものではないんです。

 

きっと、それは馴染みやすく、寄り添いやすく、自分にとって自然なものです。そこに、過剰に力みは要らないんです。

 

案外そういったものは身近にあふれているはずなんですが、そういったものは通り過ぎていて、気が付かないものです。

 

でも、時折、そこにある事に気付いて、眺めてみたり、触ってみたりする機会を得るんです。

 

そして、きっと、それをまた眺めに来て、触ってみてしまうものなんです。

 

そういったものは、たくさん溢れているんですが、自分と縁があるのは案外一握りで、でも、確かに、そばにあるんです。

 

ですから、そこには力みは必要なく、戯れるようにしていればよく、自然体でいいんです。

 

その為には、その事に気付く余裕であったり、落ち着きであったりするわけです。

 

逆に、何か選択肢を狭めて、制限をしていると、そんな出会いは逃してしまいます。出会いなんていっぱいあるのに、むしろまるで、自ら遠ざけるような振る舞いになってしまっているんです。

 

オープンさが失われ、無意識に何でも拒んでいると、それでは当然、何も起こりません。

 

感じる力は重要なんです。

 

ひょっとすると、自分自身にも制限をかけているのかもしれません。自分自身に対しても開かれていないのかもしれません。狭いところに自ら閉じ込めて、チャンスを閉ざしているのかもしれません。

 

ですから、重要な事を無理やり探そうとせず、押し付けようとせず、逆に、自然体を意識して、自分自身を最大限に開かせるんです。無理に掴みにいこうとしなくて、自然と触れて、馴染むんです。馴染むものにちゃんと気付くんです。

 

人生にとって重要な事は、そのようにして出会うものであって、重要な決断や選択はあってないようなものであり、むしろ、必要ないんです。