自分にとっての重要な事というのは、案外、強く重要な事として認識されないものです。
その時確かにそれは重要な事として認識されたかもしれませんが、それが自分の行動や決断に影響しなければ、それは真に重要な事とは言えないわけです。
自分にとって重要な事として、人生に影響を与えている事というのは、案外それほど重要なものではないんです。
人生を動かす決定や、自分自身を動かし方向づけているものにかかわっているものは、その決断を決断として認識させず、重要である事と強く認識されるものではないんです。
もっと軽やかで、もっと楽なものであり、楽しむようなもので、何か惹かれるようなもので、強く握りしめて離さないようなものではないんです。
きっと、それは馴染みやすく、寄り添いやすく、自分にとって自然なものです。そこに、過剰に力みは要らないんです。
案外そういったものは身近にあふれているはずなんですが、そういったものは通り過ぎていて、気が付かないものです。
でも、時折、そこにある事に気付いて、眺めてみたり、触ってみたりする機会を得るんです。
そして、きっと、それをまた眺めに来て、触ってみてしまうものなんです。
そういったものは、たくさん溢れているんですが、自分と縁があるのは案外一握りで、でも、確かに、そばにあるんです。
ですから、そこには力みは必要なく、戯れるようにしていればよく、自然体でいいんです。
その為には、その事に気付く余裕であったり、落ち着きであったりするわけです。
逆に、何か選択肢を狭めて、制限をしていると、そんな出会いは逃してしまいます。出会いなんていっぱいあるのに、むしろまるで、自ら遠ざけるような振る舞いになってしまっているんです。
オープンさが失われ、無意識に何でも拒んでいると、それでは当然、何も起こりません。
感じる力は重要なんです。
ひょっとすると、自分自身にも制限をかけているのかもしれません。自分自身に対しても開かれていないのかもしれません。狭いところに自ら閉じ込めて、チャンスを閉ざしているのかもしれません。
ですから、重要な事を無理やり探そうとせず、押し付けようとせず、逆に、自然体を意識して、自分自身を最大限に開かせるんです。無理に掴みにいこうとしなくて、自然と触れて、馴染むんです。馴染むものにちゃんと気付くんです。
人生にとって重要な事は、そのようにして出会うものであって、重要な決断や選択はあってないようなものであり、むしろ、必要ないんです。