自分が大切にしているものってなんだろう。それをちゃんと認識していれば、ただそれを大切にすればいいだけかもしれないですが、それを認識できていなくて、大切なものが何かわかっていないということもあると思います。
それは、何か大袈裟なものだと思い込んでいるからかもしれません。大切なものは案外そばになるのに、なぜか軽視していて、気付いていないかもしれません。
とは言え、大切なものは最初からそこにあったわけではありません。元々無かったかもしれません。ですが、それが、気が付いたら育っていて、あとになって気付くようなものかもしれません。
きっと、最初はまだ大切なものになるほど分かりやすく育ってはいなくて、次第に育てていって、そして、いつしか確かな大切なものになっているんだと思います。
あるいは、大切なものを認識できていないんだとしたら、それは、せっかく自分の中で育ってきている大切なものを、継続的にさらに育てていないのかもしれません。
大切なものは、確かに、ある程度育てていかなければ、分かりやすく大切なものとしては認識できないかもしれません。そして、認識できていないから、放ったらかしになって、十分に大切なものとして育っていないかもしれません。
ですが、では、大切なものが無いか、というと、そんな事はなくて、十分育っていないわけで、実はそばにあったりするんです。自分の中にあったりするんです。
ですから、自分には大切なものなんかない、と思っても、意外とそんな事は無くて、少なくとも、大切なものの種は持っているんです。
ですから、ちょっと立ち止まって、自分にとっての大切なものについて考えてみると良いと思います。
意外と、そこにある事に気付くものです。
大切なものは、分かりやすく凄くなくたっていいんです。そんな事は重要ではないんです。自分がそう思えば、それは確かに大切なもので、その事に大きさは関係ないんです。
むしろ、自分の気持ちが大切なんです。自分の気持ちが落ち着きが無く、散漫になっていると、それを認識も出来ないし、大切なものとして扱えません。それはとても勿体ない事です。
せっかく、自分の大切なものはそこにあるのに、全然大切にしていないんです。
自分の大切なものは、自分に力を与えてくれます。大袈裟である必要はありません。ただそれを認識し、それを自分なりに大切にすればいいんです。ゆっくり育てればいいんです。他の人と関係ありません。
自分がそれを大切なものとして育てればいいんです。