人はどうしても、最初のうちは盲目的に、狭い視野で生きていかざるを得ないわけです。最初からもっと大きな視点を持っていたり、もっと意味のある事が分かっていたりすれば、そういった事に取り組んでいるのですが、そうはいかないわけです。
人は、今目の前の事をやる事しかできないわけです。後になって振り返れば、もっと意味のある事をやっていたのに、と思うわけですが、それは後になって思うような事であって、今はやはり目の前の事しかやれないわけです。
その意味では、定期的に、今までやってきた事を振り返る事は意味があるように思います。一定期間何かをやって、あるいは、過ごして、そこでいったん立ち止まって、振り返ってみるわけです。
そこではじめて、自分が辿ってきた道が分かるし、自分が何を為してきたかもわかるし、それがいかに遠回りで、また、効率が悪く、場合によってはあんまり意味がない、という事がよく分かるわけです。
そして、そこで軌道修正を試みて、今までやってきた事の延長線上をまた続けていく事を止めるわけです。
改善する事が可能になり、工夫をする事を考える事が出来るわけです。
自分がやっていく事をそのようにして理解され、進んでいく道が見えてくるわけです。
それは、まるで、自分で地図を作っていくようなものかもしれません。
最初は、地図を持たないわけです。地図を持たず、森の中に入っていき、ある程度進んでから、そこから振り返って景色を見て、そして、自分の場所を知るわけです。
そして、いかに変なところに辿り着いたか、最初の地点からこの地点まではこのような道であったか、を知るわけです。
ですが、それを知る事によって、あらためて、より真っ当な道を進む事が出来るわけです。
でも、とりあえず分け入ってみなければ、そのようには気付けなかったのであり、やはり、最初の地点では知りようがなかったわけです。
ですが、実際のところ、最初の地点がどこであったか、そして、今どの地点まで来たのか、そんな事は重要な事ではないんです。
どっちにしろ、最初から最初の地点なんて分からないし、行ってみなければ、辿り着いたこの地点なんて分からないし、それまでの道のりの事や険しさなんて分からないんですから。
いかようにしても、盲目的で、視野が狭いところがスタートするしかないんです。
ですが、自分なりの地図を描いて、作っていく事によって、ようやく地図は自分にとって意味のあるものになり、非効率的だったものが非効率的であったことを認識でき、そんな事はどうでもいいわけですが、それよりも、自分の地図が地図として機能し始めるんです。
だから、まずは、その地図を頼りに、それでもその地図はきっと不十分ではあるわけですが、それを見ながら、さらに進んでいくんです。そうしていく事で、地図は地図らしくなって、効率が上がっていくんです。