好きなように生きる。現代はそのように生きることが生き方として良いように思います。
そもそも、人が好きなように生きて、ある意味、自分勝手に生きていたら、きっと社会は回っていかないわけで、実際には、みんなが互いを支え合いながら社会を形成して、その中で人は生きていく。そういうものだと思います。
人は一人では生きていけませんから、誰かほかに人の助けが必要だし、そういった色んな人の助け合いから成る社会の中で、人は生きていけるわけです。
一方で、自分も何らか人(他人)の役に立てることがあったりするから、自分もみんなを助け、支え、社会の一部として社会を支えているわけです。
そのようにして社会は回っているわけですから、本来的には、人が好きなように生きるというのは、間違っているわけです。みんなが好きなように生きてしまったら、社会は成立せず、人々はバラバラになってしまいます。
人が生きていく為には、支え合いが前提です。実際、多くの場所で、人の助けによって人は確かに生きていて、この土台によって社会は回っています。
ですが、現代社会は、好きなように生きる、という事が可能な社会になっています。社会のある種のインフラが整ってきていて、社会が回っていく土台がある程度盤石になっているから、現代の社会の発展には、人が好きなように生きる、という要素が必要なように見えます。
資本主義社会は、経済システムの土台の上にあって、これも好きなように生きる、という事を可能にしています。可能にしているどころか、それを社会は求めているようです。
実際、現代の社会は、人が好きなように生きる、そのような生き方を賞賛していて、そのような生き方がさらに社会を大きくします。
人は多様であり、確かに、社会は多様な人が生きていけるように多様に発展している面はあって、その多様性を内包していく為にも、人が好きなように生きていく、という事を可能にしていくという事は、社会が多様になっていく事とつながっているわけです。
ですから、現代では、人は好きなように生きていってよくて、その生き方が、さらに社会を多様にし、社会を大きくしていくんです。
ただし、人が好きなように生きていくとは言え、支え合いの土台は前提としてあって、社会のインフラとしてあって、あくまでその上で、人は好きなように生きていく事が出来る。そういうことではあるわけです。
実際は、人との支えがあって、人は好きなように生きていく事が出来るわけです。