人間の世界には、勝ったり負けたりする世界というものがありそうです。スポーツなどは良い例で、基本的に、そのスポーツのプレーヤーは勝ったり負けたりしているわけですが、つまり、勝者がいて敗者がいるわけで、どちらもいて、スポーツが成り立つわけです。
敗者だけいても成り立たないし、勝者だけいても成り立たないわけで、敗者勝者の両者がいないと成り立たないという事です。
そういう世界は、他にもいっぱいあって、ある種のゲームのような世界の中を、人々は生きているわけです。人間は、勝ったり負けたりするゲームの中にいるような感じという事です。
いつも勝っていたら気分は良いわけですが、なかなかそうはいかないわけで、現実的にはいつも勝っているという事はあるわけですが、とは言え、負けていてもその世界は追い出されるのかと言えば案外そうでもなく、敗者もその世界を成立させる重要な要素であるわけですから、敗者も必要であるわけで、自分自身がその世界で敗者になる、という事は容易にあるわけです。
ほとんどの人は、勝ち続けてはいないわけで、負けを経験しているわけです。だからと言って、その世界から退場するという事は基本的には無くて、負けても、また、勝つか負けるかの戦いに戻ってくるわけです。
確かに、勝者になれば賞賛されるかもしれませんが、だからと言って、敗者になるとそれでおしまいかというと、何故かそんな事もなくて、むしろ負けているにもかかわらず、そのゲームにずっと参加し続けるなんて事もあるわけです。
プロ野球の下位のチームは、言ってしまえば、いつも負けているわけで、にもかかわらず、ファンは負けても応援しているわけで、というより、負ければ負けるほどファンがつくという、不思議な世界でもあるわけです。
人は、勝者を賞賛し望みつつも、同時に敗者も賞賛し応援しているわけです。
人間はゲームが好きで、どの世界もよく見ると、そのようになっていて、どこでも戦っていて、負けたり勝ったりしているわけです。
人はあんなに敗者になりたがらず、敗者を避けようとして、敗者になって、敗者になる事で苦しんで、それでもなおまた敗者でいるわけで、それでも、何故か世界は進んでいるわけです。
みんな敗者になっているのに、実際には、半分が敗者なのですが、にもかかわらず、世界は終わらないんです。それどころか、世界は繁栄するんです。勝っても繁栄するし負けても繁栄するんです。
人間は不思議にもそんな戦いの世界をすぐに作ってしまって、何故ずっと勝者になったり敗者になったりしているんです。