快適であるとは、心身が快適であるという事です。身体だけが快適であるわけではなく、心理的にも快適であるという事です。
感情面においても、もちろん、快適であるという事です。ネガティブな感情でいっぱいというのは、快適であるとは言えません。不快です。
感情がポジティブでありさえすればよいというわけでもなく、少しポジティブな感情であるくらいで十分快適と言えます。
過剰過ぎるポジティブさはあまり良くないかもしれません。過剰さは、精神の不安定さにつながるからです。感情としては、安定的に、穏やかに、ポジティブであればいいわけです。
好きな音楽を聴いていて、それが心地良いと感じられていれば、それで十分快適と言えるわけです。実際、音楽は心地良いものですから。
快適さは、頭の中の事、マインドの状態とも密接にかかわっています。マインドの状態が良いと、きっとそれは快適であるはずです。
頭の中がスッキリとしていて、理路整然としていて、思考が研ぎ澄まされていると、きっと快適であるはずです。
ですから、頭の中がネガティブ思考で、もやもやとしていて、曖昧だと、それは快適とは言えないはずです。
納得感が重要です。頭の中で、今、納得できている感覚があるなら、それはきっと快適な状態のはずです。
納得感とは、つまり、頭の中での理路整然さであり、明確さであり、シンプルさであるわけです。
思考の明晰さは、快適さと関係が深いわけです。
人間には考える性質があり、考える力があり、その力を十分に発揮できれば、あるいは、十分に発揮出来る状態にあれば、それは快適な状態と言えるわけです。
頭の中が快適でないと、物事について十分に考えられませんから、しっかりものを考えられるという事は、快適である事を裏付けているわけです。
人間の主な活動のひとつとして、思考は挙げられるはずです。自分なりに十分な思考が為されていれば、それだけできっと快適さを感じられるはずで、しっかり考えられていないという状態は、快適とは言えないはずです。
そこには、たくさんの知識や経験や記憶は必要ではないわけです。頭の中がスッキリしていて、十分に、深く思考できたならば、それで十分快適であるわけで、たくさんの知識や経験や記憶は思考を援用する事はできても、それ自体で快適とは言えないわけです。
そのような事で、人間は、快適さは常に求めているわけです。それは、身体だけではなく、心理的にもそうだし、感情の面も、そして、思考の面も重要であるわけです。