人間の能力の1つとして、嫌な事を回避するというものがあります。暑いのは嫌だから、暑さを避ける。この能力です。
快適である事が良いから、不快なのを避ける。人間の身体をそのように反応します。それと同じです。嫌な事を避けるんです。これは、極めて自然な事です。
嫌な事を遠ざけて、嫌でない事は受け入れる。それは自然な事です。嫌でないからと言って全て受け入れる必要もないし、そして、嫌な事は当然受け入れる必要はありません。
好きな事を囲まれて、好きな事にまみれていても、嫌な事はあります。嫌な事と好きな事は、全く別物です。好きな事を選ぶ事と、嫌な事を避ける事を選ぶ事は、同じようにエネルギーをかけて選択する事です。
好きな事を選びさえすれば、自然と好きな事に囲まれるとは限りません。嫌な事もそばにあるかもしれません。
好きな事があるのだから、嫌な事が一つくらいあっても、プラスマイナスゼロ、というわけにはいきません。
場合によっては、いくら好きな事に囲まれていても、ひとつの嫌な事があると、それだけで凄くつらいかもしれません。
ですから、その「嫌な事」を見逃さず、特定し、回避するんです。
嫌な事を完全にゼロにはできないかもしれません。でも、軽減する事は出来ます。
暑いからと言って暑さをゼロにはできないかもしれませんが、部屋の温度を下げる事は出来ます。他の手段で身体を冷やす事も出来ます。手はあります。完全にはゼロにはできないにしても、軽減させる事はいくらでもできるわけです。
人間には、バウンダリー(境界)があります。バウンダリーを超えないようにするんです。嫌な事はあっても、それで自分が損なわれてないようにする事は大切です。
人は耐性がありますから、完全に嫌な事がゼロにはなっていなくても、耐えるだけの力を持っています。ですから、自分の耐性の限りにするんです。
暑すぎると思うなら、水を飲むんです。身体を冷やすんです。部屋の温度を下げるんです。涼しい部屋に移動するんです。
ただ、嫌な事を嫌なままに放置しない事です。嫌な事は、好きな事と同じく、自分にとって重要な事です。好きな事は自分にとって良い意味で重要であるように、嫌な事は自分にとって悪い意味で重要です。
放ったらかしにせずに、手を打つんです。嫌な事を回避し、軽減する。それだけで、過ごしやすく、快適になります。人間が不快さを避け、快適さを求めることのうちです。
嫌な事を避け、嫌な事を軽減するんです。