毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

不明な道を手探りしながら自らの力で進んでいく

人は自分なりに生きてみるしかないんだと思います。

 

人には人の生き方があるように、自分にはきっと自分の生き方があって、ただそれがどんな生き方は分からないわけですが、それでも、自分なりに自分の生き方を手繰り寄せながら生きていくんだと思います。

 

手繰り寄せようとしてみないと、自分がどんな風に生きていっていいか、分からないんだと思います。手繰り寄せられるものを手繰り寄せてみて、それに手応えがあれば、それを手掛かりにまずは生きていったらいいんだと思います。

 

それに手をかけて、引っ張ってみて、抗力を感じてその抗力に対してぐっと力を入れて進んでみる。まずは、それでいいし、それで一定の分だけ進んだと思ったら、そこでいったん考えたらいいんだと思います。

 

それなりに自分の力を入れて進んできた事を、自分の中に残るし、刻まれるし、それは確かな手がかりとなって自分の身体に残って一部となるはずです。

 

そのようにして、人は何かを得て、何かを身につけて、成長するんだと思います。

 

それが想定していたかどうかは分からないですが、そんな事はそんなに重要な事ではなく、とりあえず、自分の力を使って進めたなら、それこそが自分の身になるんだと思います。

 

一体自分がどこに導かれるかなんて、行く前から分かりません。行き先をイメージしたってもちろんいいんです。イメージがあるならそのイメージの方向に進んでいけばいいんだし、その時は、案外、想定通り、イメージ通り進むものです。

 

ですが、そんな時というのはそんなには無くて、イメージが持てない事がほとんどだったりして、かと言って、そのままでいる事も難しいわけです。

 

だから、イメージはできていなくても、進められそうな方向に、あるいは、手を付けられそうな事に手を付けて進んでみるんです。進んでみるしかないんです。

 

基本的には、視界は良くないし、よく見えないし、先の事は分からないんです。不明であり、未知な事ばかりなんですから、先に進む為の安心材料は当てにせずに、不明でも手探り状態で進んでみるんです。

 

その手応えが自分の身体に残り、染み込んで、一部となります。見えなかった事が今、少し見えているようになっているんです。

 

いつでも、力だけはあるんです。その方向性や姿かたちは見えません。でも、進んでいく力は自分の中にあるんです。その力を使って、力を加えられる手掛かりにしたがって、まずは進んでみる。

 

そのようにして、振り返ってみると、以前よりも明らかにマシな景色が見えるんです。