人間は、想像力を持っています。想像する力によって主観的な世界を作り出すことが出来ます。というより、想像する世界によって、実際に自分たちの住んでいる世界を捉えています。人間とはそういう生き物です。
想像は、視覚的なイメージによることが多いですが、もちろん視覚だけではなく、五感全てを使ってイメージする事が理論的には可能性です。自らの感覚の能力によって創造する世界を作り出すという事です。
文字も視覚の一部ではありますが、文字は単に視覚的な文字としての機能だけではなく、意味としての機能もあります。人間は、意味を取り扱うのも得意なので、文字は意味の側面として利用され、想像する事にも活かされています。
人はイメージや文字を使って自分の内部に世界を想像し、主観的な世界を構築しています。この世界は、リアルとは違うと思うかもしれませんが、私たち一人ひとりにとっては、この主観的な世界はまさに自分にとってはリアルであり、実際の世界と自分との間の媒介する世界として存在しています。
自ら想像した主観的世界は、独自性があり、他の誰とも同じ世界を持っていません。自分だけの世界です。もちろん説明する事も可能ですが、他の人に説明するのは非常に難しく、どのようにしても自分だけの世界に閉じ込められがちです。
ですが、その主観的な世界は無限な広がりがあり、人間の脳がその無限性を作り出している源と言えます。
あらゆる記憶と、あらゆる情報と、限りない想像力によって、主観的な世界は、多様に、独自に、大規模に、広がりを持つわけです。
言葉や文字は、自ら想像した世界を構築し、書き取り、開拓し、開発し、押し広げ、掘り起こすわけです。常に、書き換えられ、新しさは無限です。
ある面においては鮮明で、またある面では記憶とともにおぼろげで、それでも、その世界の存在は自分にとっては巨大です。常に、その世界とともに、自分がそこに居るんです。
その意味で、自分の世界とも言えます。自分はまるでそこに住んでいるようです。住む事も可能です。そのくらい、その世界は大きく、複雑で、豊かで、奥深い世界です。
人間の内面は、その意味で無限です。自分の内面は、自ら想像した主観的な世界とともにあって、主観的な世界が自分の内面を作り出し、同時に、自分の内面を映す世界のようでもあります。
それは、まさに自分が住んでいる世界と言っても良いほどです。いつだってそこに在るし、リアルな世界としてそこにあるし、自分だけの、無限で豊かな世界であるわけです。