毎日の哲学の断片をつづるブログ

日々哲学することを習慣とし、思考と言葉をつづる

快適空間で精神を統一し、自分自身を極める。

人は、快適な空間を求めています。静かな場所や心地良い場所に落ち着きたいわけです。

 

特に昨今は、情報が過多で、周りの人に自分を合わせ過ぎる状況も多く、主体性を失って、散漫になりやすいわけです。そのような状態では、精神も乱れ、落ち着かず、パフォーマンスも下がってしまいます。

 

ですから、喫茶店や色んな快適な空間を求めているわけです。

 

自分と向き合って、精神を統一する事によって、乱れた精神を整えるわけです。散漫な頭が、精神を統一する事によって落ち着くわけです。

 

精神が乱れるという事は、自分の中の内的な秩序が乱されているということであって、自分の思考もよく働かず、自分が何を考えているのか、何を感じているのか、そういった事がよく分からないわけです。そのような状態はとても不快であるわけです。

 

そして、自分と静かに向き合って、自分が何を考え、何を感じているかを、精神を統一させる事で明らかにするんです。

 

人間は、そもそも、自分が何者で、何がしたいのか、どのように感じているのか、そういった事が分からないわけです。自分自身の事をよく分かっていなくて、自分の事を真に分かっていないわけです。

 

自分の事を知り、深い自己認識をする事は、ある意味、人間の究極目標です。自分自身と深くつながる事が出来れば、今以上の自己理解を得る事が出来るわけです。

 

そして、精神を統一する事によって、集中するんです。自分と向き合って心を落ち着かせて、精神を統一して、自分自身や自分の行為に集中するんです。

 

自分が取り組んでいるその行為を通して、自分自身の精神を統一するんです。集中したその行為は、自分の内的秩序をもたらすわけです。

 

自分にただ向き合ったり、瞑想したりする事も、自分の内的な秩序をもたらしてくれますが、行為によっても、内的秩序をもたらしてくれるわけです。

 

書く行為も、作る行為も、あらゆる行為に意識を集中させて、精神を統一させていくと、その行為が洗練されるとともに、自分の思考も秩序が構築し、洗練されるんです。

 

そのような行為により、自分なりの哲学や道を究めていくんだと思います。それが、人間だと思います。

 

ですから、人は快適な空間に身を置きたいんです。そして、不快な状態から快適な状態になり、心を静かにして、精神を統一させるんです。

 

自分自身や自分の行為に集中していく事によって、内的秩序をもたらし、自己認識を深め、自己理解を得るんです。その事を通して、自分自身の道を究めていくんです。