毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

自己効力感と過剰適応。内発性に基づいて、何に心が動くか。

人は、自己効力感を求めています。それは人間としては自然であって、自分がその力があると感じる事で、力強く生きていく事が出来るわけです。

 

ですが、自己効力感を獲得するのに、自分の内側から湧き上がる動機によるのであればいいのですが、自分の外側の要素によって自己効力感を獲得しようとすると、上手くいかなくなるわけです。

 

人は適応する性質があって、自己効力感を感じる為に、環境に適応するわけです。周りの人や社会の期待を自分の内面に取り込んで、それに適応しようとするによって、生きていく為の力を感じる為に、自己効力感を獲得しようとしてしまうわけです。

 

そして、たいてい、過剰適応になってしまいます。環境に適応する事で、自己効力感を獲得できますから、その為に、過剰に頑張ってしまうわけです。

 

ですが、自己効力感の為に、仕事上の責任を引き受けたり、やる事を増やしたりするまでは良いのですが、結局その責任を実際に自分で引き受けないといけないし、それを自分でやらないといけないわけです。

 

当たり前といえば当たり前です。

 

ですが、引き受けた事を実際にやりたいわけでも、やる事に価値を感じているわけでもない事が多いわけで、その事がストレスになったり消耗したりするわけです。

 

やる気が無いのに、やらないといけなくなって、後できつくなるという事です。

 

自己効力感によって自分に力を感じるのはそんなに長続きしませんから、すぐにきつくなって、そして、飽きが来たり、退屈になったりするわけです。

 

また、変化を求めたり、展開を求めたり、止めたくなったりして、要は、刺激を求めるようになるわけです。ドーパミン不足です。

 

ですから、外的な要因によって自己効力感を獲得しようとするのではなく、内発的な要因によって自己効力感を獲得する事が大切という事です。

 

内的な動機であれば、それを自分でやる事で、自分自身に力があると感じられるし、同時に、前向きにそれに取り組む事が出来ます。充実を感じます。

 

だから、自分自身にとって、何をする事が内発的に自己効力感を獲得できるのか、また、どのような事に内的な動機を感じるのか、そういうことを考えるべきです。

 

自分の心がどのように感じているのか、何に心が動くのか、自分の心の動きをよく見て、何をやっていくのが良いのか、考えるべきです。

 

外的要因に基づく自己効力感は、たいてい過剰適応に陥ってきつくなります。そうではなくて、内発性に基づいて自己効力感を獲得しようとする事が大切で、何に自分の心が動くのか、という事です。