自分の中の、無意識の抑圧が、驚くほど自分の自由を制限している場合があります。
現代社会は複雑で、自分がどのように生きているのか、自分の力でちゃんと生きているのか、分からない場合があります。確かに生きているにも関わらず、この社会で必死に生きているにもかかわらず、あまりに複雑過ぎて、よく分からないわけです。
もちろん、何らかのシステムはあります。自分を超えた大きな社会システムによって、人は確かに生きていて、その恩恵も確かにあります。ですが、そのような社会システムによる恩恵にも気付けない場合は、自分がいくらこの社会の中で生きようとも、場合によっては自由にならず、自由に感じず、生きづらさすら感じるわけです。
確かに、この社会は、人間1人の個人が理解するには大き過ぎて、複雑過ぎて、ある程度理解するのに、ちゃんと言えば、捉えるには、時間がかかります。
知識も必要だし、経験も必要であるわけです。それには、年月も労力も必要です。
その為、自分がこの社会で、また、この世界で、ちゃんと生きている、という実感が分からなくなるわけです。
それは、別におかしなことではなく、世界が複雑で大き過ぎるからです。そして、それゆえに、生きるのが困難になりがちです。
ですが、繰り返しですが、恩恵もあります。人類が築いてきた恩恵もあるわけです。その恩恵のおかげで、今の自分が生きる事が可能になっているかもしれないわけです。
分かりにくい、複雑な社会の中で、人は過剰に適応していて、自分を抑圧しているかもしれません。誰も抑圧を求めているわけではなくても、自ら、この社会の中で、抑圧する事を身につけているかもしれません。
ですが、その抑圧は、この社会の中で生きる事を可能にしているかもしれません。
でも、もうすでに、その抑圧は必要ないかもしれません。
その抑圧を解放してもいいのかもしれません。また、自分の認識する複雑な社会からの抑圧を、世界を受容する事に変えていってもいいのかもしれません。
この世界を受容する事で、抑圧を解き放ち、そして、それによって、本当に、リアリティを持って生きていけるのかもしれません。
様々な適応が、自分自身を抑圧し、まるで仮面を被ったような生き方を自らに強い、自由を感じずにいたかもしれません。そして、自分の力を感じなくなっているかもしれません。
だから、自分の力を取り戻して、自分の力を信じる事が大切です。自分は、本当はリアルに生きているし、力もあるし、自由なんです。