毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

緊張と緩和。不安と笑い。

人は、人間社会の中で、また、人間社会でなくても、自分を囲んでいる環境の中で、周りを気にしています。気を張っているし、注意を向けています。それは、動物としての人間が、生存のために基本な事として無意識に自然にやっている事です。

そのような動物としての人間は、人間社会の中で、様々な事を警戒し、注意をし続けているわけで、状況によっては脅威を感じたり、恐怖を感じたり、不安を感じたりしているわけです。

これも、生存のための本能と言っていいわけです。

そして、そのような中で、不安とともにストレスを感じているわけで、それは、緊張を伴うわけです。

緊張は、身体の自然な反応であり、とは言え、長い継続はエネルギーを消耗し、疲労をもたらすわけです。

ですから、人間は、緊張する事と同時に、緩和する事も重要であるわけです。

緊張と緩和は、バネのようなもので、一定のエネルギーがあるわけですから、縮められて緊張したバネは、伸ばされて緩和する必要があるわけです。

そして、不安は緊張とともにあるわけですが、緩和は緩む事であり、人間が緩む事の1つとして、笑いがあるわけです。

「笑い」は、「笑う」から笑いなのですが、それは、笑いと笑うがセットであるからです。

笑顔も同様に、基本的に笑いによってもたらされるわけです。

緊張は、ポリヴェーガル理論で言えば、不安とともに背側迷走神経の活発化によるものであるとすれば、緩和は、腹側迷走神経の活発化によるものであり、表情はその意味で緩和であり、笑顔は緩和であるわけです。

緊張はストレスとともに、コルチゾールを分泌する機構を持つわけですが、同様に、緩和はコルチゾールとは反対の分泌の機構を持つはずであり、笑いもその内であるわけです。

赤ん坊は、喚く事と笑う事をかなり早い発達段階から身につけるわけですが、それは、言語の機能より早く、また、論理の機能より早いわけです。

論理的な因果関係があって笑っているのではなく、そもそも、人間は笑う事を論理よりアプリオリに備えているわけです。

恐怖や不安で、人は泣き、そして、叫び、喚くのであり、それは産まれた頃からやるわけですが、同様に、笑う事も産まれた頃からやるわけです。

ですから、恐怖や不安は、緊張とともにあって、笑いは緩和とともにあるわけです。

笑いが、人を緩ませ、緊張から解き放ち、ストレスを軽減させるわけです。それは、生まれた時から備えた防衛本能に匹敵する能力であるとも言えるわけです。