自分は望んでいる事は何か。意外と分からないものです。
ですから、日々のジャーナリングによって、それを明らかにするんです。
何かを書きさえすれば、それで分かるというものではありません。心の奥底で、本当に自分が望んでいる事というのは、すぐには明らかにならないものです。
とは言え、ずっとジャーナリングをしていれば、ある時言葉として現れてくるものです。時間はかかりますが、ある時現れてきます。
ですから、習慣として、ジャーナリングをする事が大事です。毎日のように何かを書いていると、心に響く言葉が現れます。
心に響くという事が大切です。色んな言葉を書いていても、心がそれに反応しなければ、きっとそれは自分が望んでいるものではありません。
心はうそをつきませんから、心が納得するまでジャーナリングは続けるんです。
場合によっては、身体のコンディションも重要かもしれません。身体が疲れていると、心の反応も鈍くて、望んでいる事が言葉として現れていても、気付かないかもしれません。
また逆に、身体が疲れているからこそ、心がその言葉に反応する可能性もあります。心は繊細ですから、少しお疲れ気味の方が、かえって言葉に敏感という事もあるんです。
少なくとも、ジャーナリングを習慣にする事が重要です。習慣として続けていると、色んな言葉が現れてきて、ある時、的確な言葉が現れます。そして、その事に気付きます。
ジャーナリングを振り返ってみるのも良いと思います。たくさんの言葉の中に、大事な言葉が見つかります。重要な言葉が、高い頻度で現れています。書き連ねられた文章に、そのような変遷が見られます。
自分は気付いていないけど、ずっと、自分の望んでいる言葉は、紙面に現れているわけです。何度も顔を出しているわけです。
ですから、時折、ジャーナリングを見直して、確認するんです。
そして、また、ジャーナリングを続けるんです。ジャーナリングを続けているうちに、言葉がより的確になっていきます。
もちろん、自分の望んでいる事は変わっていく事もあります。変わる事は特に問題ないんです。大事な事は、自分が何を望んでいるかを、明らかにする事です。
明らかになれば、心が落ち着きます。生きていく方向が決まるわけですから、どのように生きていくか、そんなに迷わなくなります。
そして、望んでいる事が明らかになれば、その周辺の事も明らかになっていきます。望んでいる事の優先順位も、自然と決まります。
そして、落ち着いて、その方向に進んでいけば良いという事が分かります。