自分が何を大事にしているか、意外と分からなくなるものです。そもそも、何かを大事にしているという事自体が、そんなに重要な事ではないかもしれません。
ですが、たまには、自分が何を大事にしているのか、深く考えてみても良いように思います。
人にとって、生きる目的みたいなものが、そもそも必要なのか。そういった事も議論の余地があります。目的があった方が良い気もするし、でも、そんなの無くたって、全然困らないという事もあります。むしろ、目的なんて無い方が良いって事もあります。
でも、もし、目的があるなら、その目的に向かって生きていったらいいわけで、それは生きていく道しるべになります。
生きる目的があるなら、その目的を達成する為に、具体的なゴールを設定する事が出来ます。そのゴールの設定に、高過ぎるとか、遠すぎるとか、そういった事は関係ありません。
目的に向かって、そのベクトルさえ分かっていれば、その方向に進んでいくんです。
つまり、どの方向に向かって生きていったらいいのか、そういう事です。目的がそれを与えてくれる事です。
目的が無い場合、目的という方向性を持たない状態ですから、動きようがありません。前に進みようがありません。
ただ、目の前の事をさばいていくだけです。ただ、やらないといけないタスクを片付けていくだけです。
ですが、それではモチベーションがありません。きっと、時間とともに、すぐにモチベーションは低下します。
自分にとって大事なものも同じです。大事なものが分かっていた方が、それを大事にする為にどうするかが決まるわけです。大事なものが分かっていなかったら、何をどうしたらいいか分かりません。
大事なものであれ、生きる目的であれ、無理に作り出す必要はありませんが、分かっていた方が良いわけです。
それらは大それたものである必要はありません。とにかく、分かっている事が大切なんです。
ジャーナリングはそれを明らかにしてくれるかもしれません。大事なもの、生きる目的、そういった事について書いてみるんです。自分と静かに向き合って、それらに関連する事を言葉にしてみるんです。言語化してみるんです。
書いているうちに、それが大事なものであるという事を心や感情が気付いてくれます。生きる目的を示す言葉が現れたら、心や感情が反応してくれます。それを逃さないんです。
すぐには分からないかもしれません。ですが、いつかきっと、ジャーナリングをしていると、言葉として現れてくれます。