毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

大事なものや生きる目的を、ジャーナリングで明らかにする。

自分が何を大事にしているか、意外と分からなくなるものです。そもそも、何かを大事にしているという事自体が、そんなに重要な事ではないかもしれません。

 

ですが、たまには、自分が何を大事にしているのか、深く考えてみても良いように思います。

 

人にとって、生きる目的みたいなものが、そもそも必要なのか。そういった事も議論の余地があります。目的があった方が良い気もするし、でも、そんなの無くたって、全然困らないという事もあります。むしろ、目的なんて無い方が良いって事もあります。

 

でも、もし、目的があるなら、その目的に向かって生きていったらいいわけで、それは生きていく道しるべになります。

 

生きる目的があるなら、その目的を達成する為に、具体的なゴールを設定する事が出来ます。そのゴールの設定に、高過ぎるとか、遠すぎるとか、そういった事は関係ありません。

 

目的に向かって、そのベクトルさえ分かっていれば、その方向に進んでいくんです。

 

つまり、どの方向に向かって生きていったらいいのか、そういう事です。目的がそれを与えてくれる事です。

 

目的が無い場合、目的という方向性を持たない状態ですから、動きようがありません。前に進みようがありません。

 

ただ、目の前の事をさばいていくだけです。ただ、やらないといけないタスクを片付けていくだけです。

 

ですが、それではモチベーションがありません。きっと、時間とともに、すぐにモチベーションは低下します。

 

自分にとって大事なものも同じです。大事なものが分かっていた方が、それを大事にする為にどうするかが決まるわけです。大事なものが分かっていなかったら、何をどうしたらいいか分かりません。

 

大事なものであれ、生きる目的であれ、無理に作り出す必要はありませんが、分かっていた方が良いわけです。

 

それらは大それたものである必要はありません。とにかく、分かっている事が大切なんです。

 

ジャーナリングはそれを明らかにしてくれるかもしれません。大事なもの、生きる目的、そういった事について書いてみるんです。自分と静かに向き合って、それらに関連する事を言葉にしてみるんです。言語化してみるんです。

 

書いているうちに、それが大事なものであるという事を心や感情が気付いてくれます。生きる目的を示す言葉が現れたら、心や感情が反応してくれます。それを逃さないんです。

 

すぐには分からないかもしれません。ですが、いつかきっと、ジャーナリングをしていると、言葉として現れてくれます。