文章における文字や言葉の順序は、感情の変化を生成して、意味を生成するわけですが、それは、音楽においても同様の事が言えます。
音楽は音の流れ、もしくは、音の配列によって出来ていると、淡白な表現ですが、言えるわけです。
まず何らかの音が来て、次に、また別の音が来ます。そして、それが繰り返されます。音楽はそのようにして出来上がっているわけですが、音の選択が変わると、当然音楽も変わってしまうわけです。
また、ひとつ目の音の次に、ふたつ目の音として何が来るかによって、ただそれだけで音楽は変わってしまうわけです。その意味で、音楽は厳密です。
同時に、1つ1つの音の選択によって、感情の変化も変わります。たったひとつの、次に来る音の種類だけで感情の変化の仕方が変わるわけですから、考えてみたら、凄い事です。
もちろん、音と音の時間的な間隔も、音の大きさも、感情の変化の仕方に大きく作用します。
その意味で、文章における言葉や文字の性質と全く同じなわけです。
そして、音の順序も重要です。
音の順序が変わると、音楽は全く異なるものになります。また、感情の変化も全く異なります。
実際には、音の順序が感情の変化を生み、そして、音楽も変わってしまうという事です。
音楽は、音の順序で作られるわけですが、当然、聴く側の人間次第でもあるわけです。聴く人が、それを音楽だと感じれば音楽であるし、そうでなければ音楽としては成立しないわけです。
また、音楽であるかどうかの実際の部分を介しているのは、感情なわけです。音の選択や音の順序が、聴く人の感情に変化をもたらすわけで、その事が音楽を成立させているわけです。
言葉や文字に意味があるというのは、すでに文化的な生活の中で生きている我々現代人にとっては何の疑問もないですが、言葉や文字が生まれていない時代では、現代人の想像する「意味」は無いわけです。
ですが、感情は人間にとって原始的なもので、感情の変化は意味を生成していると考えられるわけですから、音楽においても、同様に感情の変化とともに意味を生成しているわけです。
音楽は、言葉や文字よりもきっと以前からあったはずで、むしろ人は音楽によって感情が変化し、意味を感じ、また、意味を捉え、そして、意味を認識するわけです。つまり、意味を生成しているわけです。
感情の変化が意味を生成するという観点で考えれば、音楽は直接的に感情に変化をもたらすわけですから、音楽は意味を生成していると言えるわけです。
そして、音楽における音の順序が、感情の変化に作用し、そして、意味を生成するわけです。