毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

嫌な事ばかりは、要は自分が嫌と感じているという事。

日々生きていると、嫌な事がいっぱいあります。

 

仕事も嫌な事がいっぱいで、いつか今勤めている会社を辞めたいと思ってしまうわけですが、なかなか現実問題辞められないわけです。

 

今住んでいるところも嫌で、そもそも仕事の都合でここに住んでいるだけで、好きなわけではない。そういうわけです。ですから、地元に帰りたい、戻りたい。そう思ってしまうわけですが、容易に帰れないわけです。

 

今住んでいる場所だけではなく、住んでいる家も嫌なわけです。家自体に納得がいっているわけでもなく、快適というわけでもなく、周りのご近所さんとの付き合いも良いというわけではないわけです。何か落ち着かなく嫌なわけです。ですから、もっと人の居ない、自然がいっぱいの静かな場所に住みたいわけです。ですが、仕事やお金の都合でそうもいかないわけです。

 

また、会社も辞めたいわけですが、会社員である事も嫌なわけです。会社員という職種が、何か無駄な仕事が多く、ストレスがいっぱいで、要はブルシット・ジョブだったりして、嫌でしょうがないわけです。だから、何か自営業でも会社経営でもやりたいわけですが、そう簡単にはいかないわけです。

 

要は、全てが嫌だという事ですが、嫌だと感じているのは自分です。

 

自分にとっての現状が嫌という事です。今が嫌なんです。ここも嫌なんです。

 

自分を取り囲む環境が嫌で、自分を取り囲む時空間が嫌なんです。要は、自分が嫌という事です。

 

日々の実際の嫌な事、日々のストレス。嫌な日々を通した見通しや想像、あるいは妄想。自分自身がそのような認知で嫌だと感じているわけです。

 

確かに身体の調子も悪いと、日々のストレスや疲労でいっぱいになって、その嫌な感情から認知も嫌なものになってしまいます。

 

人の感情は、嫌な事に敏感で嫌の事に引っ張られやすいですから、すぐに日々の生活は嫌になりやすいわけです。

 

だから、嫌なのは、仕事でもなければ、住んでいるところでもなければ、住んでいる家でもなければ、会社員をやっている事でもないんです。

 

自分なんです。自分の嫌だと感じる感情が無意識に自分をつらくさせているんです。だから、自分にとっての「今ここ」から逃げ出したくなるんです。

 

そうではなくて、もっと自分の「好き」な事に気付くべきです。好きな感情にも気付くべきです。自分は嫌な事にも囲まれているかもしれませんが、好きな事にも囲まれているんです。自分の「今ここ」は嫌な事だけでないんです。好きもたくさんあるんです。