毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

人は物語とともに、物語の中を生きる。

人は、物語とともに生きているのであり、物語の中を生きている。そのように思います。

 

物語とは、ストーリーであり、人の話であり、つまり、コミュニケーションという事です。言い換えると、人の話を聞くという事であり、それがコミュニケーションを通じた物語という事です。

 

映画も、ドラマも、本も、要は物語であり、そして、人とのコミュニケーションであるわけです。音楽もコミュニケーションであり、要は、人が作ったものはコミュニケーションになりうるのであり、人の話を聞くという事につながるという事です。

 

コミュニケーションは、聞く事を通して為されるものではありますが、それが、「耳で」だけではなく、「目で」でも為されるのであり、感じる事で為されるという事です。感じる事を通してコミュニケーションをして、そして、人の話を聞く。そういう事です。

 

物語というのは、人との対話であり、人の語りであり、人の創造するものでありますが、同時に人が想像したものであるわけです。そして、それを感じる事を通して、そして、コミュニケーションをする事で、その物語とともに生きる事が出来るのであり、物語の中を生きるという事だと思います。

 

物語を通して、自分の中に物語を作り上げるわけで、それは自分の中の創造する物語であるわけです。自分の中の創造する物語とは、想像する物語でもあって、自分はそれを背景として生きるのであり、その環境の中を生きるという事でもあるわけです。

 

人間の想像とは、主観的な想像であって、それは、「想像の共同体」が言うところの共同体であって、国であるわけです。国家の成立というのは、自分の中で想像された共同体の事であり、それを自分の国と想像するわけです。そして、自分自身はその国民というわけです。

 

そのような意味でも、現代では、自分の国、という想像の共同体とともに生き、想像の共同体の中を生きるわけです。

 

その意味での物語という事です。

 

ですから、余談ですが、国家というものは、自分が想像する国家であり、民族というのは自分が想像する民族であり、そして、国境に線を引く事で出来る国家は国家にはなり得ないわけです。

 

それはさておき、人は想像する物語を生きるわけです。自分の想像する物語を背景として、また、環境として、それとともに、その中を生きるわけです。それは、つまりは、人とのコミュニケーションを通してであり、感じる事を通してであり、人と話をするという事です。

 

人と話をしたいという事であって、その物語とともに、その物語の中を生きるという事です。